lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

近状報告

以前、「言葉と生きる」という記事を出したかと思う。

メンヘラ.jpさんにてライターのようなことをやらせて頂き、ありがたいことに様々な方に様々な評価をされてきた。

自分でも自覚の無かったことなので、「私って言葉を紡げるんだ!」と驚き、同時にそれが自信にもなった。

同時期に好きな声優さんのライブ映像を見て、必死に努力して夢を叶えた彼がとてもキラキラしていて、私もそうなりたい、と、''夢を叶える''ことに憧れを持った。

今まで私は、何かに憧れることはあっても「どうせ私はろくな努力もせずに諦めてしまうだろう」と思って、何もかもやる前から諦めてきた。

でも、今回は大丈夫な気がした。自分でもよく分からない、謎の自信。

どんな形であれ、言葉を紡ぐ人になりたいと思った。それは今でも変わらない。

だけどそれ以上に、どうしようもない生き辛さと日々のストレスに押し潰されて、生きることすらままならないのが現状だ。

うちの高校は自由登校なので、時間の縛りがない。

だからこそ、朝起きられなかったりして勉強時間は減る一方で、ギリギリまで居残りをして、薬の力に頼って無理矢理過集中を引き起こし、レポートを終わらせたりしていた。

本当なら朝早くから学校へ行って、レポートを早めに終わらせて、将来の為にも資格や受験勉強だってしなきゃいけないのに。

ストレスで食事を摂ることも出来なくなって、学校でもバイトでも、広い社会に出たことによって自分が''健常者ではない''ことを改めて思い知らされた。こんな胸の痛みはとても久しい感覚だ。

どう足掻いたって私は普通になれない。

街中やバイト先で中学の同級生を見かける度にフラッシュバックが起きて、苦しくて苦しくて堪らなくなる。

薬を飲んだって普通にはなれなくて、店長には一応障害のことは話してあるものの、事実として受け止めているだけで深く理解はしていないのだろう。それに、店長以外の人間には伝えていないので時々周りの人からの視線が痛い時だってある。店長でさえ、よく理解していないので「どうしてそうなるの?」と白い目で見てくることだってある。

正直に言おう。私だってそんなの知りたい。

私より後に入った人が、私より遥かに出来るようになっていくのを見るのがとても辛い。

いつまで経っても底辺のままだ。

私に夢を与えてくれた彼の顔が思い浮かんで、悲しくなる時もある。

私はどう頑張っても、向こう側に行けないんじゃないか。そう思ってしまう。

本来なら、本気で目指しているのならブログだってもっと更新すべきだし、絵だって描かなきゃいけない。

でも、今の私には何も生み出すことは出来ないのだ。

空っぽになってしまった。もぬけの殻である。

魂がふわふわと浮き出て、感情の無いロボットのようにひたすら同じ動きを繰り返すことしか出来ない。

もう、疲れてしまった。

家にも学校にも職場にも居場所がない。

ずっとずっと独りぼっちなままだ。

親には何ひとつ理解されず、友人と連絡を取ることも減り、淡々と日々が過ぎて行く。

張り付いた愛想笑いが、私を虚しくさせる。

今の私には、夢を与えてくれた彼はあまりにも眩し過ぎる。

いつになっても、生きるだけで精一杯だった。

むしろ私がこれ以上のものを望むなんて、図々しいにも程があるんじゃないかと思えてくる。

中学を卒業したって現状はあの頃と何ら変わりないし、昔の嫌な記憶は頭にこびりついて離れないし、生き辛さは日々増すばかり。

どうしてこんな世界に生まれてしまったのだろう。

私がもし、普通だったら。健常者だったら。当たり前のことが当たり前に出来ていたら。

何かが違ったのだろうか。

もうそれすら分からない。

環境が変わって新しく知り合った人に、昔のことを聞かれると何と答えて良いか分からない。

小学生からいじめられて中学は不登校で高校でも孤立してまーす。なんて言えるわけもないし。

私の人生には暗い話題しかないのか?というレベルで、親しくない人に話せるような内容がほとんどない。

そうやって、仕方なく重ねてきた''ごく普通の一般的な学生の人生''という嘘が余計自分を苦しめている気がする。

なんでもいいから休ませてほしい。学校もバイトも辞めたい。暫く引きこもりたいし好きなことだけしていたい。

でもそんなことをしたら周囲から置いていかれるだけだ。今や当たり前である高卒の資格すら取れず、就職も遅れ、世間からは更に白い目で見られるだろう。そうするとまた周りが騒ぎ立てる。結果、孤立。

もう、独りぼっちは嫌なのだ。

もう、孤独は散々だよ。

食欲不振

最近、あまり食事を摂らなくなった。

僕は元々空腹を自覚出来ないのだが(後にこれはADHDの症状のひとつだとどこかで聞いた)、2〜3日くらい何も食べなくてもお腹が空いたと感じることもないし、あまり喉が渇いたと感じることも多くない。

アルバイトを始めたり、睡眠リズムが不規則だったり、両親が共働きゆえ一緒に食事を摂ることが昔から少なかったせいもあって、決まった時間に食事を摂ることもほとんどない。

最近はウィダーインゼリーなどの軽食だけで済ませてしまうことも多く、先日は丸2日ほど飲まず食わずだったが特に何も感じることはなかった。

人は食事を摂らなくなるとだんだん身体が食べ物を受け付けなくなるらしく、白米や肉などの重い物はほとんど食べられなくなってしまった。まず食べ物を見てもあまり食欲が湧かないし、食べても吐きそうになってしまう。

ひょっとして…?と、拒食症などの摂食障害を疑ってみたが、特に食べることへの罪悪感や、「痩せなければいけない」などの強迫観念に囚われているわけでもなく、恐らく摂食障害の線は無いだろう。

いくらADHDで空腹を自覚出来ないからと言って、以前から2〜3日何も食べない、なんてことは無かったし、普通に何も食べなければお腹は空くし喉は渇いていた。こんなにも何も食べなくなったり、食欲が落ちたのはここ最近のことなのだ。

単なるストレスだろうか。

栄養不足ゆえ、頭髪は細くなり抜ける量が多くなった。手首や足首などの目立つところはやせ細ってしまったし(「やつれた」と言った方が正しいかもしれない)、ただでさえ常に体調が安定していないのに、更に悪化するばかりだ。

最近は深夜から朝方にかけて、激しい吐き気を催すことも増えた。ただし、吐き気があるだけで実際に吐いたことは一度もない。

その他、頭痛や動悸なども悪化しているが、薬を飲もうにも食事を摂っていない為に飲むことが出来ない。

僕は何かの病気なのだろうか。どなたか、思い当たる病名などがあればお教え頂きたい。

今度主治医にも相談してみるつもりだ。

 

 

では、また次回。

人並み以下でも

僕の母は、いつも僕にこう言う。

 

「あんたはいつも怠けてばかり」

 

違うんだ、確かに怠けてるように見えるかもしれないけど。身体が動かないんだよ、言う事を聞かないの。

 

「普通の人はもっと大変なんだよ」

 

人並み以下でごめんなさい。普通に生まれて来なくてごめんなさい。

 

今まで凄く人生苦労した母の為に、少しでも迷惑を掛けたくなくて、僕なりに頑張ってるつもりなんだ。

でも、でも、それでも。

 

僕は普通になれない。

どう足掻いたって、普通になんかなれやしないんだ。

薬を飲んだって効かない。自分でもどうしたらいいか分からなくて、焦って、鬱になって、死にたくなって。

僕なんか生きてる価値がない、って、何度思ったことだろう。

もう何でもいいから殺してくれ、そう思ったことだって何度もある。

僕は今までの人生、貴女の為に頑張ってきたのに。貴女に認められたくて頑張ってるのに。

 

僕は一度だって、貴女に褒められたことがない。

 

認められたい。褒めてほしい。

 

「よく頑張ったね」

 

その一言が欲しいだけなのに。

 

僕はどうしたら普通になれるのだろう。

母は僕の障害を理解してくれているけど、それでもやっぱり、ふとした時に''普通''を求められる。

ねえ、僕は普通になれないんだよ。

 

そんなに普通がいいのなら、僕は生まれない方が良かった?

 

そんなこと、聞く勇気もない。もし否定されなかったら…。

 

僕は、根っこの方に「人様に迷惑を掛けてはいけない」という思いが強くある。

だから、夏休みの宿題だったりと自分しか困らないものはだらけてしまうけれど、バイトや人と待ち合わせをする時は遅刻や忘れ物をしないように気をつけるし、ほとんどしないで居られる。

迷惑を掛けてはいけない。そう思い続けて、人に頼ることを忘れてしまった。

もう何が迷惑で、何がそうじゃないのかも分からなくなってしまった。

いつか、存在すら迷惑だと言われたら、僕はきっと迷いなく死ぬだろう。だって、人に迷惑を掛けちゃいけないから。

 

もし、神様が居るのなら、僕を普通にして下さい。どうか、どうか。

素顔を出した話

私は約2年間、所謂マスク依存症というやつだった。どこへ行くにでも、マスクが無いと外に出られない。たとえ遅刻寸前でも、マスクを忘れたことに気付けばすぐに取りに戻る。それほど、私にとってマスクは顔面の一部と化していた。自分の顔を晒すくらいなら家から出たくなかったし、真夏だろうとどんなに蒸し暑くとも、そんな生活を続けていた。

しかしつい先日、そんな生活にも終焉の兆しが見えた。そう、化粧というものを覚えたのである。

軽く化粧をしただけで、ビックリするほど自分の顔がマシになった。そっとTwitterに自撮りを載せると、思わぬ反響。承認欲求が満たされた気がした。

『少しくらいなら、いいかな?』

そんな風に思えるようになった。そうして私は、意を決して約2年ぶりに己の素顔を晒して外へ出たのである。

 

…なんだ、案外前を向いて歩けるじゃないか。

そして何より、とても顔まわりが涼しい。

思っていたより、ずっとずっと前を向いて歩くというのは世界が違って見えるものなのだと気付かされた瞬間であった。

ほんの少しだけ、自分に自信を持っても良い気がした。少しだけ、少しだけ。

 

 

では、また次回。

水溜り

梅雨。じめじめとした湿気が、重くのしかかってくる季節。

私はそんな季節が、昔は嫌いだった。髪はうねるし、蒸し暑いし。でも、夜の雨は好きだ。パラパラとコンクリートに打ち付けられる雨音が心地良くて、ちょっとだけ涼しくて、そして何より夜の闇が少し穏やかになるから。

今は、少しだけ梅雨を好きになれたような気がする。むしろ反対に、晴れはあまり好きじゃない。青空に、太陽に、嗤われているような気がするから。今の私に、青空は不釣り合いだ。

 

 

よく、「貴女は''昼''というより、''夕方''もしくは''夜明け''って感じがするよね。」と言われる。自分でもなんとなくそう思うし、我ながら朝や昼はあまりに似合わないなぁ、と笑ってしまう。

以前、知人に「ふとした瞬間に悲しそうな表情を浮かべることがあるよね。」と指摘されたことがある。特に悲しいことがあったわけでもないのだろうが、根がそんなに明るい方ではないので、きっと私は小雨のような人間なのだろう。ジトリ、張り付くような空気感と、雲に覆われた太陽のぼんやりと霞んだ光が、なんとなく自分のようだと思った。

 

 

先日、バイト帰りに予想外の雨に降られ、土砂降りの中を傘もカッパもないまま自転車で走り抜けた事があった。

普段、私はあまり外出をしない方というのもあり、雨が降っていたらまず外に出るなんてことはないのだが仕事なら仕方がない。数年ぶりに雨に打たれ、全身ずぶ濡れで帰路に着いた。

肌にまとわりついた服が気持ち悪くて仕方なかったけど、それと同時になんだか心地良かったのを覚えている。たまには、雨の日に出掛けるのも悪くないな、と思った。

 

 

成長するにつれ、一人で行動する事が増えた気がする。元々友人は少ないのであまり大人数でどこかへ行く、という事自体がそもそも滅多に無いのだが、多少の金銭の余裕が出来たことによりフラフラと宛ても無く街を歩くことが多くなった。

誰に邪魔されるわけでもなく、イヤフォンから流れる好きな音楽で世界を閉じ込めて、誰に急かされるわけでもなく、のんびり自分の歩幅で歩く。歩き疲れたら喫茶店に入って、一息ついたらまた歩き出して。

ふと立ち寄った雑貨屋で見つけた小物が可愛らしくて、ついつい衝動買い。

ゆったりと時間が流れていき、気付けば陽が傾いていて。そうして私は、コンビニで買ったアイスを片手に自宅へ帰るのだ。

 

 

そんな何でもない一日も、雨が降っていた。

足元に映った自分が、酷く小さく見えた。

 

 

 

《 終 》

お子様の精神疾患を受け入れられない親御さんへ

お久しぶりです、ADHD持ちのJK、lemonです。

ありがたいことに、メンヘラ.jpさんにて様々な記事を書かせて頂くうちに、親御さんやご友人にもなかなか相談出来ないという中高生の方が私に悩みを打ち明けてくれることが増えてきました。そこで今回は、相談されたお悩みの中で1番多いものについてお話させて頂きます。

その1番相談される内容というのが、「私もADHDなんじゃないか、と思っているが親に話すことが出来ず(話しても相手にされず)、病院に行けない」というものです。

話を聞いていると、やはりADHDについての知識が乏しいという親御さんがほとんどで、話したところで「そんなの誰でもあるじゃん」「やる気がないだけじゃない?」と言われることがほとんどのようです。

まず言いたいのは、ADHDはれっきとした発達障害精神疾患です。先天的な脳の機能障害で、ドーパミンなどの脳内物質が不足しているのが原因で不注意や多動、衝動的などの症状を引き起こします。

ADHDの代表的な症状として忘れ物や遅刻などがありますが、もちろん健常者でも人間ですから忘れ物や遅刻くらいします。ですが、そう頻度は高くないはずです。

ADHDなのか、単にドジなのか。個人的に思う明確な違いは、【生活の支障の有無】だと思っています。

私自身ADHDで、現在投薬治療を行っていますがそれでも「病気」ではなく「障害」なので、ある程度の症状は出てしまいます。自己嫌悪などにより鬱病など他の病気を引き起こす方も中には居て、「どうすることも出来ない」「他人に理解されない」という壁と日々戦っています。

そして、「もしかしたら私もADHDかも…」と思ってもなかなか親御さんに相談出来ない原因のうちに、

・普段から親子の話し合いをしない

・大抵の話題はおふざけ口調、もしくは適当に返事をしている

・子供に関心がない

・以前子供の目の前で精神疾患に関する話題を否定したことがある(「鬱病なんて甘えでしょ」「精神科なんてキチ○イが行くところ」など)

などが挙げられると思います。

そういった言動が普段から目立つと、なかなかデリケートな問題ですからお子様はきっと話しにくいでしょう。だから現にこうして見ず知らずの私なんかに相談してくれているのですし。

勇気を持って、でもまだ怖くて、少し冗談めかしてADHDについて話したら笑って流され余計に言えなくなった、という方も多数居ます。

どうかお願いです、お子様の小さなSOSを見逃さないであげてください。

親御さんの、十数年健常者として生きてきた息子・娘が発達障害かもしれないと思ったら不安になる気持ちも分かります。抵抗感があるのも大いに理解出来ます。

ですが、1番苦しむのはお子様本人なのです。全てはお子様の為です。どうか、真剣に向き合ってあげてください。

お子様を助けてあげられるのは親御さんである貴方達しか居ません。子供というのは無力なのです。

余談ですが、中学生までなら病院代や薬代は掛かりませんのでまだ中学生でしたら今のうちに精神科へ行くことをお勧めします。初診は結構お値段が張るところが多いですから。

また、高校生以上なら自立支援という福祉制度を活用するとお財布にも優しいです。自立支援は精神科へ通院していれば誰でも使える制度なので、詳しいことはGoogle先生に聞いてみて下さい。

 

まだまだ書き足りませんが、ひとまずここまで。お読み頂きありがとうございました。

1人でも多くのお子様が救われますように。

 

 

では、また次回。

パーソナルスペース

郵便受けを見に外へ出たら夕陽が綺麗で、このまま灰になって死んでしまえたらいいな、なんて思った今日この頃、lemonです。

 

私は人と関わるのが苦手です。怖い。馴れ馴れしくされるのも嫌だ。

初対面ですぐにタメ口をきいてあだ名なんて付けられた日にゃ、もうその人は苦手認定してしまう。心の中を見透かされているようで怖くて堪らなくなる。

私は昔から年上か年下としか仲良くなれない。小学校に入学して初めて出来た友達も、初めて遊んだのも六年生の女の子だった。

ショッピングモールなんかにある子供の遊び場コーナーに行けば必ず小さい子が寄ってきたし、手を引かれて遊び回された。

でも私はそれが心地良い。

年上は経験ゆえ知識が豊富で、話していてとても楽しいし勉強になる。

年下は無邪気で、年を重ねるごとに消えていく柔軟さに感心させられる。(なんだかこの発言は年寄り臭いけど)

そして両者ともに、敬語を使うことが共通している。

もちろん小学生の時に六年生相手とは言えど敬語なんて使わなかったけれど、少なからず同級生と同じようには接しなかったし、小さい子相手にもそんなことはしない。

けれど、同年代と比べて圧倒的に適度な距離感がある。私はそれが好きなのだ。

私はあまり人のことをすぐに信用したり出来ない。どうせすぐに忘れて壊れて消えてしまうのは学習済みだから。

環境のせいもあるだろうが、私が通った小学校や中学校は馴れ馴れしい人が多かった。

初めて遊んだその日に「うちら親友だよね!」なんて言われた日には思わず素で「え?」と聞き返してしまったし、今でも理解が出来ない。(正直友達だとも思っていなかった。)

中学を卒業してからも、久しぶりに会った大して仲良くもなかった他クラスの人に「なんで最後の方学校来なかったの?」だの「高校はちゃんと行くんだよ!」だの言われて大変不愉快だったし、なんでこんなに空気も読めないし気も使えないんだろう、と思った。

同年代だから、という理由だけでどうして途端に馴れ馴れしくなるのか分からない。

いきなり踏み込まれて荒らされても困ってしまう。私に適応能力なんてものは備わってないので、いきなり踏み込まれると逃げ回って隠れたくなる。結構マジでやめてほしい。

対人能力に難があるなぁ、とつくづく思うが、こればっかりは不得意なのでどうしようもない。克服したいんだけどなぁ。

同じような理由で人と目を合わせるのも苦手だ。何もかも見透かされているようでゾッとする。まあ接客業をしているのでバイト中はやるしかないのだが。

写真を撮られるのも怖い。プリクラでさえマスクをしたままだ。

誰かの記憶に、何かの記録に、醜い自分が残るのがとても怖い。同時に嫌な記憶も思い出してしまうので、中学の卒業アルバムは押入れの奥へ仕舞い込んだし、写真は破り捨てた。

要するに自分に自信がないわけだ。だけど頑固だから人に合わせるのが嫌で集団から孤立して嫌われる。自業自得である、仕方ない。

 

明日から世間ではGWだと言うのに、私は4連勤です。頑張ります。

みんな、青春は後悔のないようにね。

 

 

では、また次回。