lemonの掃き溜め

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性別違和

お久しぶりです。

以前、Twitterにてポロッと「そういえば性別違和あるって話したっけ?」と何気なく零したところ、「えっ何それ、そんなの知らない」という反応をいくつか頂き、「じゃあ気が向いたら今度ブログで詳しく話すわ〜」と言ったキリでしたので、今日はその話をしようと思います。

 

 

そもそも「性別違和」とは何か

 

以下、引用。

「性別違和」とは簡単に言うと、「決められた性別」と「本人が経験している性別」が違う状態のことです。

 

例えば、

戸籍上は「男性」でも、自分自身は男性ということに違和感を感じている。

といった感じ。

性別に違和感を感じているので「性別違和」ですね。

 

性同一性障害とは何が違うの?

性同一性障害と同じ?と思うかもしれませんが、「性同一性障害」と「性別違和」は少し違うものです。

 

性同一性障害とは簡単に言うと、

「生物学的な性別」とは「反対の性」だと思う、ということ。

 

例えば、

生物学的には男性だけど、自分自身は女性だと思う

といった感じ。

 

なにが違うの?と思うかもしれませんが、例えば次のような場合を考えてみてください。

 

戸籍上は「男性」だけれども、男性ということに違和感を感じている。けど女性になりたいかと言われれば、それも違う気がする。

 

この場合、性同一性障害ではないですが、性別違和ではありますよね。

( 引用元:https://www.cocolabo.me/seibetuiwa-towa/ )

 

私は、小さい頃から「男になりたかった!」と思うことが多々ありました。

特に幼少期は喧嘩っ早く、クラスの男子としょっちゅう喧嘩したりと、お恥ずかしい話ですがかなりおてんばな子供だったのです。

しかし、小学校高学年になり、ある時「どう足掻いても私は女なんだ、男の力にはもう勝てないんだ」と気づいたのです。それが悲しくて、悔しくて、どうしようもなく辛かった記憶があります。

その頃からでしょうか。私は度々、ふと「男になりたい」と思うことが増えました。

当時は「性別違和」なんて言葉を知りもしなかったので、一体自分は何なのだろう、という、ふわふわとした曖昧で不思議な感覚のまま過ごしていました。

 

地獄の青春時代

 

そんな風に曖昧でふわふわした日々を送っていた私ですが、中学生になり、更に強く「男になりたい」と思うようになりました。

当時の一人称は周りがみんな使っているからという理由で「うち」と言っていたのですが、どうもしっくり来ず、悩み悩んで「僕」を使うようになり、やがて「俺」と言うようになりました。

当然私の見た目は女ですし、一般的に女性が「俺」と言うことなんて殆どありません。

もちろん最初は周りに色々言われましたが、使い続けるうちに周りも慣れたようで、もはやそれが当たり前になっていました。

しかし、学年が上がり、実は1年生の頃から始まっていた虐めがエスカレートし、私の精神は確実に狂っていきます。

自分はおかしいのではないか、異常なのではないか。そうだ、俺は女なのに、なんで俺と名乗るのだろう。おかしい、おかしいじゃないか。

次第にそう思うようになり、自分を責め、悩みながらも「私」と言うようになりました。

 

当時私には好きな男性がおり、長いこと想い続けて居ましたが玉砕。一時的に彼とは音信不通となりました。

虐めに加え、失恋したことにより私の心は崩壊気味です。同時期にリストカットに出会い、私はすぐに自傷行為の波に溺れていきました。

しかし、そんな時に手を差し伸べてくれる男性が現れました。

それは以前からネットで仲良くしていた、2つ年上の男子高校生。

夜遅くまで私の愚痴や泣き言を聞いてくれたりと、今まで何があったのかを全て説明しても受け止めてくれました。

なぜそんなに親身になってくれるのか聞くと、「貴女が好きだから。」と。突然の告白にとても驚きましたが、当時私の心は完全に弱り切って居たので、何も疑うことなく彼を頼り、次第に惹かれるようになりました。

数ヶ月後、彼とお付き合いをすることになり、無事交際スタート。

彼は先ほども言ったように私の2つ年上で、中高一貫の男子校に通う高校1年生でした。

中高一貫の男子校に通う高校生…。それがどんな意味を示すかと言えば、要するに思春期真っ盛り、ということです。

普段女の子と関わる機会がない彼らは、女の子との適切な距離感が分からずグイグイ来る方も中には居ます。そう、彼がまさにそうでした。

当時私は中学2年生で、流石に処女を卒業するには早過ぎると思い、そういう行為に及ぶなら高校生になるまで待ってほしい、と言いました。

彼はそれでも構わない、と答えてくれ、一安心。と思いきや、遠距離ゆえ普段はLINEや通話がメインなのですが、トークは生々しい下ネタまみれ、通話してる最中にエロゲーをやる等々の始末。

流石に呆れたというか、それを通り越して「もしかして、身体目的なんじゃないか…?」と思うようになりました。

一度疑ってしまうと、どんどんそういう風にしか見えなくなってしまい、何度も辞めてほしいと訴えたものの彼は聞く耳を持たず。募る不信感。嫌悪感。

8ヶ月目のある日、私は悩み悩んで彼に別れを切り出しました。

 

彼は、たった一言「ノシ」と返信し、そのまま私をブロックしたのです。

 

私の8ヶ月間はなんだったのだろう。そう思うと、只々絶望の海に沈んでいくだけでした。

そのままぼんやりと日々を過ごし、私は3年生になり、虐めはエスカレートし、精神状態はどん底になり、夏休み明けに学校で倒れて不登校になりました。

そこからはご存知の方も居るかと思いますが、中学校生活残り半年、というところでフリースクールに通い始め、精神状態を徐々に回復させていき、今に至ります。

 

どん底の恋愛経験をしたからこそ、分かったこと

 

曖昧な違和感を抱えたまま、そんな青春時代を這いつくばった私ですが、最近になってようやく理解したことがあるのです。

 

  1. やはり私は完全に見た目も中身も女とは言い切れない。
  2. 男か女かで言えば男になりたいが、かと言って自分の身体にそこまで激しい嫌悪感を抱いているわけでもないし、適合手術や改名には興味がない。
  3. 人の性別は必ずしも男女の二択で分けられるわけではないので、恐らく私は男女どちらでもない、中間の存在であると認識している。
  4. 一人称について散々悩んでいたが、やはり「私」と言い続けるのは心苦しいので最近は昔のように「俺」と言うようになった。とてもしっくり来ている。
  5. 恋愛対象は男女どちらもだが、性的対象は女性のみ。男性から性的対象として見られるのは、正直苦痛でしかない。性交渉において私が「受け入れる側」であることが、そもそも気持ち悪くて仕方ない。

 

と言った具合です。

スカートなどの女性らしい服装をしたりすることに抵抗はないので、恐らく私は精神面さえ男性のように扱ってくれれば大した不快感はないのだと思います。

 

とにかく私は「女ならこう在るべき」「男ならこう在るべき」という縛りが不快極まりないのです。

例えば「女の子なんだからもっとお淑やかにしなさい」とか「もっと女の子らしい格好をしなさい」だとか。

別に私はピンクのふわふわロリータを着なくたって生きていけるし、流行を意識して生クリームまみれのパンケーキを食べなくても平気だし、お淑やかにしなくても死なないし。

そもそもなぜ赤の他人にそんなことを言われなきゃいけないのか、全く理解出来ないのが正直なところ。

私がいくら可愛らしい女の子になろうと、その人の人生には1ミリも影響がないので放っておいてほしい。

実際に私は今金髪ショートヘアにパンク系の格好をしていますが、もちろん男ウケは最悪です。ナンパも一切されなくなりました。

でもそれで良いのです。私は今、人生で一番自分を好きになれているから。

他人にとやかく言われず、自分で稼いだ金で好きなように出来ることが、幸せで堪らない。

私は今、とても幸せです。

 

そして、好きな人が出来ました

 

さて、ここまで好き勝手に書いてきましたが、最近私には好きな人が出来ました。

相手は同い年の女の子で、今はその子が可愛くて可愛くて堪らないです。

まだ交際には至ってませんが、相手は私がそういう意味で好きだということも知っているし、お互いがお互いのことを好きで居ます。

まだ交際に発展するかは分からないですが、私は生まれて初めて女の子を好きになって、ようやく今まで感じていた違和感の正体を見つけました。

そう、それは先ほども述べたように、「男性から性的対象として見られる」、「性交渉において、私が''受け入れる側''である」ということです。

この二つが無くなった今、純粋に彼女を好きだと思うことが出来るし、何より今まで人を好きになっても自分から相手を求めることは殆ど無かったのに、正直な話、今すごく彼女の身も心も欲しい。

過去に私が性的対象としてしか見られてないということに傷ついた経験があるので、そんな急かすような真似をする気は一切無いですが、確実に欲しいという気持ちが芽生えています。

要するに、男側の欲求、ということです。

 

ようやく、自分という人間の正体が分かった気がしました。

私は15年のかくれんぼに、終止符を打ったのだと思います。

きっとこれからも道に迷って、見つからなくて探し回るだろうけど、もう大丈夫。なんとなくそんな自信があります。やっと自分を見つけたのです。

 

 

これからはTwitterだけでなくブログなどでも一人称を徐々に変えていく予定ですが、俺が俺であることに変わりはないので、今まで通り気が向いた時にでも記事を読んでもらえたら嬉しいですね。

これで、俺の性別違和に対する話はおしまいです。

俺はやりたいことをやって、好きなものは好きだと言って、今まで向き合えなかった分自分のことをもっとちゃんと見てあげようと思います。

それが辛い過去を乗り越えた、自分へのご褒美かな、なんて。

 

 

 

では、また次回。

近状報告

以前、「言葉と生きる」という記事を出したかと思う。

メンヘラ.jpさんにてライターのようなことをやらせて頂き、ありがたいことに様々な方に様々な評価をされてきた。

自分でも自覚の無かったことなので、「私って言葉を紡げるんだ!」と驚き、同時にそれが自信にもなった。

同時期に好きな声優さんのライブ映像を見て、必死に努力して夢を叶えた彼がとてもキラキラしていて、私もそうなりたい、と、''夢を叶える''ことに憧れを持った。

今まで私は、何かに憧れることはあっても「どうせ私はろくな努力もせずに諦めてしまうだろう」と思って、何もかもやる前から諦めてきた。

でも、今回は大丈夫な気がした。自分でもよく分からない、謎の自信。

どんな形であれ、言葉を紡ぐ人になりたいと思った。それは今でも変わらない。

だけどそれ以上に、どうしようもない生き辛さと日々のストレスに押し潰されて、生きることすらままならないのが現状だ。

うちの高校は自由登校なので、時間の縛りがない。

だからこそ、朝起きられなかったりして勉強時間は減る一方で、ギリギリまで居残りをして、薬の力に頼って無理矢理過集中を引き起こし、レポートを終わらせたりしていた。

本当なら朝早くから学校へ行って、レポートを早めに終わらせて、将来の為にも資格や受験勉強だってしなきゃいけないのに。

ストレスで食事を摂ることも出来なくなって、学校でもバイトでも、広い社会に出たことによって自分が''健常者ではない''ことを改めて思い知らされた。こんな胸の痛みはとても久しい感覚だ。

どう足掻いたって私は普通になれない。

街中やバイト先で中学の同級生を見かける度にフラッシュバックが起きて、苦しくて苦しくて堪らなくなる。

薬を飲んだって普通にはなれなくて、店長には一応障害のことは話してあるものの、事実として受け止めているだけで深く理解はしていないのだろう。それに、店長以外の人間には伝えていないので時々周りの人からの視線が痛い時だってある。店長でさえ、よく理解していないので「どうしてそうなるの?」と白い目で見てくることだってある。

正直に言おう。私だってそんなの知りたい。

私より後に入った人が、私より遥かに出来るようになっていくのを見るのがとても辛い。

いつまで経っても底辺のままだ。

私に夢を与えてくれた彼の顔が思い浮かんで、悲しくなる時もある。

私はどう頑張っても、向こう側に行けないんじゃないか。そう思ってしまう。

本来なら、本気で目指しているのならブログだってもっと更新すべきだし、絵だって描かなきゃいけない。

でも、今の私には何も生み出すことは出来ないのだ。

空っぽになってしまった。もぬけの殻である。

魂がふわふわと浮き出て、感情の無いロボットのようにひたすら同じ動きを繰り返すことしか出来ない。

もう、疲れてしまった。

家にも学校にも職場にも居場所がない。

ずっとずっと独りぼっちなままだ。

親には何ひとつ理解されず、友人と連絡を取ることも減り、淡々と日々が過ぎて行く。

張り付いた愛想笑いが、私を虚しくさせる。

今の私には、夢を与えてくれた彼はあまりにも眩し過ぎる。

いつになっても、生きるだけで精一杯だった。

むしろ私がこれ以上のものを望むなんて、図々しいにも程があるんじゃないかと思えてくる。

中学を卒業したって現状はあの頃と何ら変わりないし、昔の嫌な記憶は頭にこびりついて離れないし、生き辛さは日々増すばかり。

どうしてこんな世界に生まれてしまったのだろう。

私がもし、普通だったら。健常者だったら。当たり前のことが当たり前に出来ていたら。

何かが違ったのだろうか。

もうそれすら分からない。

環境が変わって新しく知り合った人に、昔のことを聞かれると何と答えて良いか分からない。

小学生からいじめられて中学は不登校で高校でも孤立してまーす。なんて言えるわけもないし。

私の人生には暗い話題しかないのか?というレベルで、親しくない人に話せるような内容がほとんどない。

そうやって、仕方なく重ねてきた''ごく普通の一般的な学生の人生''という嘘が余計自分を苦しめている気がする。

なんでもいいから休ませてほしい。学校もバイトも辞めたい。暫く引きこもりたいし好きなことだけしていたい。

でもそんなことをしたら周囲から置いていかれるだけだ。今や当たり前である高卒の資格すら取れず、就職も遅れ、世間からは更に白い目で見られるだろう。そうするとまた周りが騒ぎ立てる。結果、孤立。

もう、独りぼっちは嫌なのだ。

もう、孤独は散々だよ。

食欲不振

最近、あまり食事を摂らなくなった。

僕は元々空腹を自覚出来ないのだが(後にこれはADHDの症状のひとつだとどこかで聞いた)、2〜3日くらい何も食べなくてもお腹が空いたと感じることもないし、あまり喉が渇いたと感じることも多くない。

アルバイトを始めたり、睡眠リズムが不規則だったり、両親が共働きゆえ一緒に食事を摂ることが昔から少なかったせいもあって、決まった時間に食事を摂ることもほとんどない。

最近はウィダーインゼリーなどの軽食だけで済ませてしまうことも多く、先日は丸2日ほど飲まず食わずだったが特に何も感じることはなかった。

人は食事を摂らなくなるとだんだん身体が食べ物を受け付けなくなるらしく、白米や肉などの重い物はほとんど食べられなくなってしまった。まず食べ物を見てもあまり食欲が湧かないし、食べても吐きそうになってしまう。

ひょっとして…?と、拒食症などの摂食障害を疑ってみたが、特に食べることへの罪悪感や、「痩せなければいけない」などの強迫観念に囚われているわけでもなく、恐らく摂食障害の線は無いだろう。

いくらADHDで空腹を自覚出来ないからと言って、以前から2〜3日何も食べない、なんてことは無かったし、普通に何も食べなければお腹は空くし喉は渇いていた。こんなにも何も食べなくなったり、食欲が落ちたのはここ最近のことなのだ。

単なるストレスだろうか。

栄養不足ゆえ、頭髪は細くなり抜ける量が多くなった。手首や足首などの目立つところはやせ細ってしまったし(「やつれた」と言った方が正しいかもしれない)、ただでさえ常に体調が安定していないのに、更に悪化するばかりだ。

最近は深夜から朝方にかけて、激しい吐き気を催すことも増えた。ただし、吐き気があるだけで実際に吐いたことは一度もない。

その他、頭痛や動悸なども悪化しているが、薬を飲もうにも食事を摂っていない為に飲むことが出来ない。

僕は何かの病気なのだろうか。どなたか、思い当たる病名などがあればお教え頂きたい。

今度主治医にも相談してみるつもりだ。

 

 

では、また次回。

人並み以下でも

僕の母は、いつも僕にこう言う。

 

「あんたはいつも怠けてばかり」

 

違うんだ、確かに怠けてるように見えるかもしれないけど。身体が動かないんだよ、言う事を聞かないの。

 

「普通の人はもっと大変なんだよ」

 

人並み以下でごめんなさい。普通に生まれて来なくてごめんなさい。

 

今まで凄く人生苦労した母の為に、少しでも迷惑を掛けたくなくて、僕なりに頑張ってるつもりなんだ。

でも、でも、それでも。

 

僕は普通になれない。

どう足掻いたって、普通になんかなれやしないんだ。

薬を飲んだって効かない。自分でもどうしたらいいか分からなくて、焦って、鬱になって、死にたくなって。

僕なんか生きてる価値がない、って、何度思ったことだろう。

もう何でもいいから殺してくれ、そう思ったことだって何度もある。

僕は今までの人生、貴女の為に頑張ってきたのに。貴女に認められたくて頑張ってるのに。

 

僕は一度だって、貴女に褒められたことがない。

 

認められたい。褒めてほしい。

 

「よく頑張ったね」

 

その一言が欲しいだけなのに。

 

僕はどうしたら普通になれるのだろう。

母は僕の障害を理解してくれているけど、それでもやっぱり、ふとした時に''普通''を求められる。

ねえ、僕は普通になれないんだよ。

 

そんなに普通がいいのなら、僕は生まれない方が良かった?

 

そんなこと、聞く勇気もない。もし否定されなかったら…。

 

僕は、根っこの方に「人様に迷惑を掛けてはいけない」という思いが強くある。

だから、夏休みの宿題だったりと自分しか困らないものはだらけてしまうけれど、バイトや人と待ち合わせをする時は遅刻や忘れ物をしないように気をつけるし、ほとんどしないで居られる。

迷惑を掛けてはいけない。そう思い続けて、人に頼ることを忘れてしまった。

もう何が迷惑で、何がそうじゃないのかも分からなくなってしまった。

いつか、存在すら迷惑だと言われたら、僕はきっと迷いなく死ぬだろう。だって、人に迷惑を掛けちゃいけないから。

 

もし、神様が居るのなら、僕を普通にして下さい。どうか、どうか。

素顔を出した話

私は約2年間、所謂マスク依存症というやつだった。どこへ行くにでも、マスクが無いと外に出られない。たとえ遅刻寸前でも、マスクを忘れたことに気付けばすぐに取りに戻る。それほど、私にとってマスクは顔面の一部と化していた。自分の顔を晒すくらいなら家から出たくなかったし、真夏だろうとどんなに蒸し暑くとも、そんな生活を続けていた。

しかしつい先日、そんな生活にも終焉の兆しが見えた。そう、化粧というものを覚えたのである。

軽く化粧をしただけで、ビックリするほど自分の顔がマシになった。そっとTwitterに自撮りを載せると、思わぬ反響。承認欲求が満たされた気がした。

『少しくらいなら、いいかな?』

そんな風に思えるようになった。そうして私は、意を決して約2年ぶりに己の素顔を晒して外へ出たのである。

 

…なんだ、案外前を向いて歩けるじゃないか。

そして何より、とても顔まわりが涼しい。

思っていたより、ずっとずっと前を向いて歩くというのは世界が違って見えるものなのだと気付かされた瞬間であった。

ほんの少しだけ、自分に自信を持っても良い気がした。少しだけ、少しだけ。

 

 

では、また次回。

水溜り

梅雨。じめじめとした湿気が、重くのしかかってくる季節。

私はそんな季節が、昔は嫌いだった。髪はうねるし、蒸し暑いし。でも、夜の雨は好きだ。パラパラとコンクリートに打ち付けられる雨音が心地良くて、ちょっとだけ涼しくて、そして何より夜の闇が少し穏やかになるから。

今は、少しだけ梅雨を好きになれたような気がする。むしろ反対に、晴れはあまり好きじゃない。青空に、太陽に、嗤われているような気がするから。今の私に、青空は不釣り合いだ。

 

 

よく、「貴女は''昼''というより、''夕方''もしくは''夜明け''って感じがするよね。」と言われる。自分でもなんとなくそう思うし、我ながら朝や昼はあまりに似合わないなぁ、と笑ってしまう。

以前、知人に「ふとした瞬間に悲しそうな表情を浮かべることがあるよね。」と指摘されたことがある。特に悲しいことがあったわけでもないのだろうが、根がそんなに明るい方ではないので、きっと私は小雨のような人間なのだろう。ジトリ、張り付くような空気感と、雲に覆われた太陽のぼんやりと霞んだ光が、なんとなく自分のようだと思った。

 

 

先日、バイト帰りに予想外の雨に降られ、土砂降りの中を傘もカッパもないまま自転車で走り抜けた事があった。

普段、私はあまり外出をしない方というのもあり、雨が降っていたらまず外に出るなんてことはないのだが仕事なら仕方がない。数年ぶりに雨に打たれ、全身ずぶ濡れで帰路に着いた。

肌にまとわりついた服が気持ち悪くて仕方なかったけど、それと同時になんだか心地良かったのを覚えている。たまには、雨の日に出掛けるのも悪くないな、と思った。

 

 

成長するにつれ、一人で行動する事が増えた気がする。元々友人は少ないのであまり大人数でどこかへ行く、という事自体がそもそも滅多に無いのだが、多少の金銭の余裕が出来たことによりフラフラと宛ても無く街を歩くことが多くなった。

誰に邪魔されるわけでもなく、イヤフォンから流れる好きな音楽で世界を閉じ込めて、誰に急かされるわけでもなく、のんびり自分の歩幅で歩く。歩き疲れたら喫茶店に入って、一息ついたらまた歩き出して。

ふと立ち寄った雑貨屋で見つけた小物が可愛らしくて、ついつい衝動買い。

ゆったりと時間が流れていき、気付けば陽が傾いていて。そうして私は、コンビニで買ったアイスを片手に自宅へ帰るのだ。

 

 

そんな何でもない一日も、雨が降っていた。

足元に映った自分が、酷く小さく見えた。

 

 

 

《 終 》

お子様の精神疾患を受け入れられない親御さんへ

お久しぶりです、ADHD持ちのJK、lemonです。

ありがたいことに、メンヘラ.jpさんにて様々な記事を書かせて頂くうちに、親御さんやご友人にもなかなか相談出来ないという中高生の方が私に悩みを打ち明けてくれることが増えてきました。そこで今回は、相談されたお悩みの中で1番多いものについてお話させて頂きます。

その1番相談される内容というのが、「私もADHDなんじゃないか、と思っているが親に話すことが出来ず(話しても相手にされず)、病院に行けない」というものです。

話を聞いていると、やはりADHDについての知識が乏しいという親御さんがほとんどで、話したところで「そんなの誰でもあるじゃん」「やる気がないだけじゃない?」と言われることがほとんどのようです。

まず言いたいのは、ADHDはれっきとした発達障害精神疾患です。先天的な脳の機能障害で、ドーパミンなどの脳内物質が不足しているのが原因で不注意や多動、衝動的などの症状を引き起こします。

ADHDの代表的な症状として忘れ物や遅刻などがありますが、もちろん健常者でも人間ですから忘れ物や遅刻くらいします。ですが、そう頻度は高くないはずです。

ADHDなのか、単にドジなのか。個人的に思う明確な違いは、【生活の支障の有無】だと思っています。

私自身ADHDで、現在投薬治療を行っていますがそれでも「病気」ではなく「障害」なので、ある程度の症状は出てしまいます。自己嫌悪などにより鬱病など他の病気を引き起こす方も中には居て、「どうすることも出来ない」「他人に理解されない」という壁と日々戦っています。

そして、「もしかしたら私もADHDかも…」と思ってもなかなか親御さんに相談出来ない原因のうちに、

・普段から親子の話し合いをしない

・大抵の話題はおふざけ口調、もしくは適当に返事をしている

・子供に関心がない

・以前子供の目の前で精神疾患に関する話題を否定したことがある(「鬱病なんて甘えでしょ」「精神科なんてキチ○イが行くところ」など)

などが挙げられると思います。

そういった言動が普段から目立つと、なかなかデリケートな問題ですからお子様はきっと話しにくいでしょう。だから現にこうして見ず知らずの私なんかに相談してくれているのですし。

勇気を持って、でもまだ怖くて、少し冗談めかしてADHDについて話したら笑って流され余計に言えなくなった、という方も多数居ます。

どうかお願いです、お子様の小さなSOSを見逃さないであげてください。

親御さんの、十数年健常者として生きてきた息子・娘が発達障害かもしれないと思ったら不安になる気持ちも分かります。抵抗感があるのも大いに理解出来ます。

ですが、1番苦しむのはお子様本人なのです。全てはお子様の為です。どうか、真剣に向き合ってあげてください。

お子様を助けてあげられるのは親御さんである貴方達しか居ません。子供というのは無力なのです。

余談ですが、中学生までなら病院代や薬代は掛かりませんのでまだ中学生でしたら今のうちに精神科へ行くことをお勧めします。初診は結構お値段が張るところが多いですから。

また、高校生以上なら自立支援という福祉制度を活用するとお財布にも優しいです。自立支援は精神科へ通院していれば誰でも使える制度なので、詳しいことはGoogle先生に聞いてみて下さい。

 

まだまだ書き足りませんが、ひとまずここまで。お読み頂きありがとうございました。

1人でも多くのお子様が救われますように。

 

 

では、また次回。