lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

人並み以下でも

僕の母は、いつも僕にこう言う。

 

「あんたはいつも怠けてばかり」

 

違うんだ、確かに怠けてるように見えるかもしれないけど。身体が動かないんだよ、言う事を聞かないの。

 

「普通の人はもっと大変なんだよ」

 

人並み以下でごめんなさい。普通に生まれて来なくてごめんなさい。

 

今まで凄く人生苦労した母の為に、少しでも迷惑を掛けたくなくて、僕なりに頑張ってるつもりなんだ。

でも、でも、それでも。

 

僕は普通になれない。

どう足掻いたって、普通になんかなれやしないんだ。

薬を飲んだって効かない。自分でもどうしたらいいか分からなくて、焦って、鬱になって、死にたくなって。

僕なんか生きてる価値がない、って、何度思ったことだろう。

もう何でもいいから殺してくれ、そう思ったことだって何度もある。

僕は今までの人生、貴女の為に頑張ってきたのに。貴女に認められたくて頑張ってるのに。

 

僕は一度だって、貴女に褒められたことがない。

 

認められたい。褒めてほしい。

 

「よく頑張ったね」

 

その一言が欲しいだけなのに。

 

僕はどうしたら普通になれるのだろう。

母は僕の障害を理解してくれているけど、それでもやっぱり、ふとした時に''普通''を求められる。

ねえ、僕は普通になれないんだよ。

 

そんなに普通がいいのなら、僕は生まれない方が良かった?

 

そんなこと、聞く勇気もない。もし否定されなかったら…。

 

僕は、根っこの方に「人様に迷惑を掛けてはいけない」という思いが強くある。

だから、夏休みの宿題だったりと自分しか困らないものはだらけてしまうけれど、バイトや人と待ち合わせをする時は遅刻や忘れ物をしないように気をつけるし、ほとんどしないで居られる。

迷惑を掛けてはいけない。そう思い続けて、人に頼ることを忘れてしまった。

もう何が迷惑で、何がそうじゃないのかも分からなくなってしまった。

いつか、存在すら迷惑だと言われたら、僕はきっと迷いなく死ぬだろう。だって、人に迷惑を掛けちゃいけないから。

 

もし、神様が居るのなら、僕を普通にして下さい。どうか、どうか。

素顔を出した話

私は約2年間、所謂マスク依存症というやつだった。どこへ行くにでも、マスクが無いと外に出られない。たとえ遅刻寸前でも、マスクを忘れたことに気付けばすぐに取りに戻る。それほど、私にとってマスクは顔面の一部と化していた。自分の顔を晒すくらいなら家から出たくなかったし、真夏だろうとどんなに蒸し暑くとも、そんな生活を続けていた。

しかしつい先日、そんな生活にも終焉の兆しが見えた。そう、化粧というものを覚えたのである。

軽く化粧をしただけで、ビックリするほど自分の顔がマシになった。そっとTwitterに自撮りを載せると、思わぬ反響。承認欲求が満たされた気がした。

『少しくらいなら、いいかな?』

そんな風に思えるようになった。そうして私は、意を決して約2年ぶりに己の素顔を晒して外へ出たのである。

 

…なんだ、案外前を向いて歩けるじゃないか。

そして何より、とても顔まわりが涼しい。

思っていたより、ずっとずっと前を向いて歩くというのは世界が違って見えるものなのだと気付かされた瞬間であった。

ほんの少しだけ、自分に自信を持っても良い気がした。少しだけ、少しだけ。

 

 

では、また次回。

水溜り

梅雨。じめじめとした湿気が、重くのしかかってくる季節。

私はそんな季節が、昔は嫌いだった。髪はうねるし、蒸し暑いし。でも、夜の雨は好きだ。パラパラとコンクリートに打ち付けられる雨音が心地良くて、ちょっとだけ涼しくて、そして何より夜の闇が少し穏やかになるから。

今は、少しだけ梅雨を好きになれたような気がする。むしろ反対に、晴れはあまり好きじゃない。青空に、太陽に、嗤われているような気がするから。今の私に、青空は不釣り合いだ。

 

 

よく、「貴女は''昼''というより、''夕方''もしくは''夜明け''って感じがするよね。」と言われる。自分でもなんとなくそう思うし、我ながら朝や昼はあまりに似合わないなぁ、と笑ってしまう。

以前、知人に「ふとした瞬間に悲しそうな表情を浮かべることがあるよね。」と指摘されたことがある。特に悲しいことがあったわけでもないのだろうが、根がそんなに明るい方ではないので、きっと私は小雨のような人間なのだろう。ジトリ、張り付くような空気感と、雲に覆われた太陽のぼんやりと霞んだ光が、なんとなく自分のようだと思った。

 

 

先日、バイト帰りに予想外の雨に降られ、土砂降りの中を傘もカッパもないまま自転車で走り抜けた事があった。

普段、私はあまり外出をしない方というのもあり、雨が降っていたらまず外に出るなんてことはないのだが仕事なら仕方がない。数年ぶりに雨に打たれ、全身ずぶ濡れで帰路に着いた。

肌にまとわりついた服が気持ち悪くて仕方なかったけど、それと同時になんだか心地良かったのを覚えている。たまには、雨の日に出掛けるのも悪くないな、と思った。

 

 

成長するにつれ、一人で行動する事が増えた気がする。元々友人は少ないのであまり大人数でどこかへ行く、という事自体がそもそも滅多に無いのだが、多少の金銭の余裕が出来たことによりフラフラと宛ても無く街を歩くことが多くなった。

誰に邪魔されるわけでもなく、イヤフォンから流れる好きな音楽で世界を閉じ込めて、誰に急かされるわけでもなく、のんびり自分の歩幅で歩く。歩き疲れたら喫茶店に入って、一息ついたらまた歩き出して。

ふと立ち寄った雑貨屋で見つけた小物が可愛らしくて、ついつい衝動買い。

ゆったりと時間が流れていき、気付けば陽が傾いていて。そうして私は、コンビニで買ったアイスを片手に自宅へ帰るのだ。

 

 

そんな何でもない一日も、雨が降っていた。

足元に映った自分が、酷く小さく見えた。

 

 

 

《 終 》

お子様の精神疾患を受け入れられない親御さんへ

お久しぶりです、ADHD持ちのJK、lemonです。

ありがたいことに、メンヘラ.jpさんにて様々な記事を書かせて頂くうちに、親御さんやご友人にもなかなか相談出来ないという中高生の方が私に悩みを打ち明けてくれることが増えてきました。そこで今回は、相談されたお悩みの中で1番多いものについてお話させて頂きます。

その1番相談される内容というのが、「私もADHDなんじゃないか、と思っているが親に話すことが出来ず(話しても相手にされず)、病院に行けない」というものです。

話を聞いていると、やはりADHDについての知識が乏しいという親御さんがほとんどで、話したところで「そんなの誰でもあるじゃん」「やる気がないだけじゃない?」と言われることがほとんどのようです。

まず言いたいのは、ADHDはれっきとした発達障害精神疾患です。先天的な脳の機能障害で、ドーパミンなどの脳内物質が不足しているのが原因で不注意や多動、衝動的などの症状を引き起こします。

ADHDの代表的な症状として忘れ物や遅刻などがありますが、もちろん健常者でも人間ですから忘れ物や遅刻くらいします。ですが、そう頻度は高くないはずです。

ADHDなのか、単にドジなのか。個人的に思う明確な違いは、【生活の支障の有無】だと思っています。

私自身ADHDで、現在投薬治療を行っていますがそれでも「病気」ではなく「障害」なので、ある程度の症状は出てしまいます。自己嫌悪などにより鬱病など他の病気を引き起こす方も中には居て、「どうすることも出来ない」「他人に理解されない」という壁と日々戦っています。

そして、「もしかしたら私もADHDかも…」と思ってもなかなか親御さんに相談出来ない原因のうちに、

・普段から親子の話し合いをしない

・大抵の話題はおふざけ口調、もしくは適当に返事をしている

・子供に関心がない

・以前子供の目の前で精神疾患に関する話題を否定したことがある(「鬱病なんて甘えでしょ」「精神科なんてキチ○イが行くところ」など)

などが挙げられると思います。

そういった言動が普段から目立つと、なかなかデリケートな問題ですからお子様はきっと話しにくいでしょう。だから現にこうして見ず知らずの私なんかに相談してくれているのですし。

勇気を持って、でもまだ怖くて、少し冗談めかしてADHDについて話したら笑って流され余計に言えなくなった、という方も多数居ます。

どうかお願いです、お子様の小さなSOSを見逃さないであげてください。

親御さんの、十数年健常者として生きてきた息子・娘が発達障害かもしれないと思ったら不安になる気持ちも分かります。抵抗感があるのも大いに理解出来ます。

ですが、1番苦しむのはお子様本人なのです。全てはお子様の為です。どうか、真剣に向き合ってあげてください。

お子様を助けてあげられるのは親御さんである貴方達しか居ません。子供というのは無力なのです。

余談ですが、中学生までなら病院代や薬代は掛かりませんのでまだ中学生でしたら今のうちに精神科へ行くことをお勧めします。初診は結構お値段が張るところが多いですから。

また、高校生以上なら自立支援という福祉制度を活用するとお財布にも優しいです。自立支援は精神科へ通院していれば誰でも使える制度なので、詳しいことはGoogle先生に聞いてみて下さい。

 

まだまだ書き足りませんが、ひとまずここまで。お読み頂きありがとうございました。

1人でも多くのお子様が救われますように。

 

 

では、また次回。

パーソナルスペース

郵便受けを見に外へ出たら夕陽が綺麗で、このまま灰になって死んでしまえたらいいな、なんて思った今日この頃、lemonです。

 

私は人と関わるのが苦手です。怖い。馴れ馴れしくされるのも嫌だ。

初対面ですぐにタメ口をきいてあだ名なんて付けられた日にゃ、もうその人は苦手認定してしまう。心の中を見透かされているようで怖くて堪らなくなる。

私は昔から年上か年下としか仲良くなれない。小学校に入学して初めて出来た友達も、初めて遊んだのも六年生の女の子だった。

ショッピングモールなんかにある子供の遊び場コーナーに行けば必ず小さい子が寄ってきたし、手を引かれて遊び回された。

でも私はそれが心地良い。

年上は経験ゆえ知識が豊富で、話していてとても楽しいし勉強になる。

年下は無邪気で、年を重ねるごとに消えていく柔軟さに感心させられる。(なんだかこの発言は年寄り臭いけど)

そして両者ともに、敬語を使うことが共通している。

もちろん小学生の時に六年生相手とは言えど敬語なんて使わなかったけれど、少なからず同級生と同じようには接しなかったし、小さい子相手にもそんなことはしない。

けれど、同年代と比べて圧倒的に適度な距離感がある。私はそれが好きなのだ。

私はあまり人のことをすぐに信用したり出来ない。どうせすぐに忘れて壊れて消えてしまうのは学習済みだから。

環境のせいもあるだろうが、私が通った小学校や中学校は馴れ馴れしい人が多かった。

初めて遊んだその日に「うちら親友だよね!」なんて言われた日には思わず素で「え?」と聞き返してしまったし、今でも理解が出来ない。(正直友達だとも思っていなかった。)

中学を卒業してからも、久しぶりに会った大して仲良くもなかった他クラスの人に「なんで最後の方学校来なかったの?」だの「高校はちゃんと行くんだよ!」だの言われて大変不愉快だったし、なんでこんなに空気も読めないし気も使えないんだろう、と思った。

同年代だから、という理由だけでどうして途端に馴れ馴れしくなるのか分からない。

いきなり踏み込まれて荒らされても困ってしまう。私に適応能力なんてものは備わってないので、いきなり踏み込まれると逃げ回って隠れたくなる。結構マジでやめてほしい。

対人能力に難があるなぁ、とつくづく思うが、こればっかりは不得意なのでどうしようもない。克服したいんだけどなぁ。

同じような理由で人と目を合わせるのも苦手だ。何もかも見透かされているようでゾッとする。まあ接客業をしているのでバイト中はやるしかないのだが。

写真を撮られるのも怖い。プリクラでさえマスクをしたままだ。

誰かの記憶に、何かの記録に、醜い自分が残るのがとても怖い。同時に嫌な記憶も思い出してしまうので、中学の卒業アルバムは押入れの奥へ仕舞い込んだし、写真は破り捨てた。

要するに自分に自信がないわけだ。だけど頑固だから人に合わせるのが嫌で集団から孤立して嫌われる。自業自得である、仕方ない。

 

明日から世間ではGWだと言うのに、私は4連勤です。頑張ります。

みんな、青春は後悔のないようにね。

 

 

では、また次回。

近状報告

お久しぶりですね。最近放置してました。とりあえず最近の私はこんなんだよ〜っていうのをつらつらと書き連ねてみようかな、と思います。

まずバイトを始めました。某有名ファミレスです。今のところは会計担当ですが、たまに料理を運んだりもします。なんだかんだ結構楽しいし、昼間は目が回るほど忙しいので疲れを感じる暇もありません(笑)

お客様も良い人が多いし、職場の人も私が最年少ということもあって優しくしてくれます。なかなかに順調なので、この調子で続けていこうと思います。

そしてちょっと不穏な話題ですが、ついに自分の顔が嫌過ぎて泣くようになりました。自傷衝動も復活して、でもバイトの制服が半袖なので今のところは自制しております。

まあ代わりに唇の皮がボロボロの血塗れなんですが(笑)

私は顔の目立つところにほくろがあって、先日それをレーザーで除去してきたのですが、あれすごいですね。痛みはそこそこなんですが、焦げ臭くて人間焼肉みたいでした(笑)

またひとつ自分の嫌いなところを殺しました。最近はジムにも通っているので、あとは痩せてお金を貯めて整形するだけです。

ちょっとした人間改造ですね、楽しいです。あとピアスも開けるつもりです。

だけど鏡に映る自分の醜さに死にたくなります。バイトで1番嫌なのは素顔を晒すことですね。まあ仕方ないので割り切っていますが、いつまで保つことやら…

何処かの国の石油王さんとお知り合いの方は一刻も早く紹介して頂くか、私の口座に1000万くらい振り込んでおいて欲しいです。それか石原さとみ菜々緒北川景子のいずれかと顔面を交換して下さい。切実に。

そんな無い物ねだりばかりしてしまいます。何もかもが羨ましくて堪りません。いつからこんなに欲深くて汚い人間だったのかな、と思いもしましたが、まあきっと最初からこうだったのでしょう。私は自分が大変汚い人間だと自負しております。直す気はそんなにないです。

憎まれっ子世に憚る、ですね。腹黒くて自分の利益になることしか考えてないですが、人に嫌われても自分が幸せならそれでいいかな、と思ったりもします。今はせめてもの雀の涙のような良心が踏み留めてくれていますが。

どうして中学も卒業して、やりたがっていたバイトも始めたのにこんなに拗れてしまったのかな、と思いましたが、無い物ねだりって贅沢なことなんですよね。だからきっと平穏な生活だからこそ拗らせてしまうんだと思います。結局私もその程度の人間だったってことです。

あの頃は目の前のことしか見えていなくて、ただひたすらに生きることにしがみついて居ましたが今は何もありませんからね。轟々と荒波を立てる大海が静まり、穏やかなせせらぎに身を任せる日々は私のような人間にはマイナス思考に陥るだけなんでしょう。全く、贅沢な悩みです。さっさと死ぬか整形するかしましょうって話ですよね。

そんな感じでくらくらと生きています。なんだかんだ死ぬのは怖いと怯えるはずなので、数年後には整形するか妥協でもして諦めてると思います。

皆様の日々に幸あれ。

 

 

では、また次回。

どうしようもない

深夜によくあるセンチメンタルに身を委ね、ぼんやりとまだ見ぬ未来に想いを馳せていたらなんだか悲しくなってきてしまい、そっと頓服を流し込んで筆を取った。

 

いじめられたり孤立したり不登校だったり、なんやかんやありながらも無事中学を卒業した。在籍中は生き地獄のように辛く苦しく、永遠のようにも感じられた日々だったが、過ぎ去ってしまえば淡い記憶だ (正直、フリースクールに通う前の2年半はあまりに辛過ぎてクラスメイトの顔や名前すら思い出せない)。

毎日毎日しんどくて、ああ早く死ねないだろうか、でもやっぱり自分で死ぬのは怖いからどこかで車に轢かれたりしないかな、なんてどこまでも他力本願(?)な希死念慮を抱いていたが、どうにか地を這って15年生きてきた。

きっとこれを読んでいる人生の先輩方からすれば、15年なんてほんの一欠片程度なのだろう。

だけど私にとってそれは全てだった。

過去はあっという間だけど、現在は気が遠くなるほどに長くて、未来なんてもっともっと曖昧でぼんやりしている。まるで度の合っていない眼鏡のようだ。

無事高校に合格し、あとひと月もすれば慣れない環境に戸惑いながらもどうにか馴染んでいくのだろう。趣味に注ぎ込む為にバイトだってしなきゃいけないし、醜い自分を認める為にもジムにだって通わなきゃいけない。

そんなこんなできっとあっという間に高校だって卒業するのだろう。

私は高校を卒業したら大学へ進もうと考えているが、こんなポンコツ頭で受かるだろうか。受かっても変なところじゃないだろうか。

就職は?通信制高校の面接でさえ緊張で気が狂ってしまいそうだったのに、就活なんて出来るだろうか。

そんな今考えてもどうしようもない不安ばかりが募る。

どうしようもないと分かっていて、はいじゃあ考えるのやーめた!…なんて出来るほど私は割り切った人間じゃない。

だけど同時に、こんなどうしようもないことで悩んでいる自分が、同年代のみんなと何ら変わりない普通の人間なんだ、と思わせてくれて安心してしまう。普段から劣等感が強いからだろうか。

私の周りには、いわゆる類友というやつだろうか、メンがヘラってしまった人たちが多い。

人の辛さなんて比べるものでもないし、その人たちにはその人たちなりの辛さがあるのだろう。それは理解している。

だけどみんな勉強が出来たり、何かしらの特技があったりする。私から見ればなんやかんや上手くいってる気がして、羨ましいなぁ、なんて無い物ねだりをしてしまうのは、贅沢だろうか。

私の数少ない友人は、お世辞抜きで本当にみんなすごいのだ。なんでも出来てしまうくらいには器用で、でも自分のことは不器用で、優しい人たち。自慢の友人だ。

それに比べて、なんて思ってしまうのは、Twitter上でよく見かける構ってちゃんと同じだろうな、なんて思わず自分自身を嘲笑してしまう。

本当にどうしようもない。どうしようもない、誰もが一度は抱える不安を抱き締めて今夜も大人しく眠るしか、私にはないのだ。

拝啓、十数年後の私よ。無事生きているだろうか?

 

 

では、また次回。