プラットホームの誘惑
ふらふらと覚束無い足取りで地下へ潜り込み、住処へ帰るための足になる鉄の塊をジッと待つ。その間、ふと浮かぶのは自分でもどうしようもないほどの自罰的な思考と、衝動的な希死念慮。
ああ、今ここで、あと一歩踏み出すだけで何もかも全てを終わらせることが出来るんだ、と。
電車がホームへ進入してきて、たった1秒がコマ送りのように映り、今だ!今だ!と脳は警報を鳴らす。世界がスローモーションになって、ふと我に返ればいつの間にか電車はホームの定位置に停まっていた。
死ねなかった、と死ななかった、が交差する。
気付けば頭に響いていた警報は鳴り止んで、吐き気がするほどの静寂が訪れ、やがて周囲の雑踏に紛れ溶け込んでゆく。
また、こうして今日を生き延びてしまった。本当に死ななくて良かったのか、どうして死ねなかったのか、今死ねば楽になれたのに。そんなことばかり考えて、線路に揺られる。
言葉に出来ない感情が溜め息に流れて、ガラス越しに己の虚ろな瞳を見つめる。停車駅を告げるアナウンスを聞き流し、変わらない景色を眺め、気付いた頃には最寄り駅で。
押し出されるように駅に降り立ち、なんとなくの足取りを進めていくうちに今度は反対車線の電車がやって来た。
ああ、今度は怖いな。本当は怖いな、生きていくのも、衝動に身を任せて死にゆくのも怖くて怖くて堪らないな。
頬を伝う生ぬるい感触を手で拭って、ズルズルと引きずるように帰路についた。