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lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

自傷行為

昨日は通院日で、いつも通り主治医とお話をしていた。

通院は月に一度だから、いつも伝えようとしていたことを伝え忘れていたりと不十分な点が多々存在していて、だから私は先月から日記をつけ始めていた。

初めのうちは「どうせ私のことだ、三日坊主に決まってる」なんて思っていたのだが、夏休みの日記みたいに今日1日何があったか、ではなく、今日1日の体調・精神状態などの症状、自傷行為の内容、服用した薬の名前など、出来事ではなく必要事項だけを記入するようにしていたら、見事に1ヶ月間毎日欠かさず書くことが出来たのだ。

これには自分でも驚いて、たまには自分を褒めてもいいかな、なんて思ってしまった。

 

さて、本題はここから。

私は自傷行為常習犯で、1番最初に自傷行為をしたのは幼稚園児の頃だった。

いや、爪をむしるとかそんな細かいものも含めたらそれよりもっと前からかもしれない。

だが、明確な意志の芽生えはその幼稚園児の時だったのでここでは1番最初はその時ということにしておこう。

理由までは覚えていないが、私は幼いながらに何かにイラついていたのだろう。

とにかく冷静になろう、落ち着こう。無意識のうちにそう思ったのだろうか。

 

私は自分の首を絞めた。

 

何を言っているか分からないかもしれないが、これはきちんとした事実だ。

この時のことは今でも鮮明に覚えている。

私はその頃から、イライラしたり悲しくなったりすると痛みで冷静になろうとする節があった。

きっとその自我の芽生えが、その時の自分の首を絞めたことなのだろう。

私は自らの手で自身の首を鼓動が速くなるまで絞め、フッと緩めた。

すると、その苦しみがイライラを上回って冷静になり、思考が鮮明になったのだ。

それ以来、私は何かあると痛みで冷静になろうとするようになった。

首を絞めたり、皮膚を掻きむしったり、爪をむしったり、唇の皮を剥いたり。

その為、幼い頃から私はずっと深爪だった (去年あたりに深爪なのが恥ずかしくなり、頑張って治しました)。

 

そして少し話は変わるが、そういった細かくて比較的「癖」と言えば済むような自傷行為ではなく、リスカやボディステッチなどの本格的(?)な自傷行為を始めたのは中学1年生の時だった。

いじめられて、学校に行きたくなくて、自我を殺して、精神状態はかなり酷かっただろう。

そんなある日、インターネットでリストカットなるものを知り、興味本位でカッターを手首に押し当てた。

最初は怖くて薄っすらとしか切ることが出来なかったが、今までの自傷行為より遥かにその行為は心地良くて、どんどん悪化していった。

昔から血を美しいと思っていたこともあって、なるべく血が出るように切っていた。

すぐに錆びてしまうからと、替えの刃が何本もストックされていた。

同時に同じくインターネットでボディステッチという、皮膚(薄皮)に刺繍するものを知って、それも興味本位でやってみた。

おかげで手のひらはボロボロだったが、美しくて子供ながらに心惹かれ、傷が治れば縫って切っての繰り返しだった。

絵を描くのも音楽を聴くのも好きだったけど、鬱や破壊衝動にそんな趣味如き効き目なんか無くて、自傷行為に勝るストレス発散法が私には存在しなかった。

だがしかし、そう長く続くはずもなく。

すぐに担任にバレて呼び出され、問い詰められ、だけど信用なんてしてなかったから何も言わず「楽しいから切ってます!」と元気良く答えておいた。我ながら狂気的だと思う。

もちろん親にも連絡が行き、それはそれはもう怒られた。

どうしてそんなことするの!?って。

裁縫道具もカッターも没収された。

 

私は絶望した。

 

これから先、何を頼りに生きていけばいいのだろう。

この行き場の無くなったストレスはどこへ捨てて行けばいいのだろう。

大好きな美しき自傷行為を否定されたのが悲しかった。

何もかも分からなくなった。

どんどん崩れていった。

学年が上がるごとに自我の押し殺し方が酷くなり、私が精神崩壊寸前の不登校になった中学3年生の頃には中身が空っぽだった。

ちゃんと毎日学校には行っていたけど、ろくに人と関わった記憶がなく、言うなれば「空白の2年半」だろうか。

身体に拒否反応が起きて、ようやく登校拒否。フリースクールへ通い始めた。

押し殺していた自我をもう一度再生させた今、私はあの時の感情がフツフツと湧き上がった。

 

手首を切りたい。

 

ああ、せめて、長袖を着ている冬の間だけでいいから。

剃刀に手を伸ばしていた。

我に返った時には既に血が流れていた。

なんとも言えぬ幸福感に包まれた。

ああ、これを待っていたんだ、と。

 

それ以来頻繁に剃刀に手を伸ばすようになってしまった。

季節は無慈悲にもあっという間に巡って、きっとすぐに夏になる。

昔はカッターだったから良いものの、今は剃刀だ。

このズタズタのバーコードな傷痕塗れの手首を人前に晒すわけにはいかない。

どうにかしてやめなくちゃいけない。そう思った。

だけど一度我慢していたものを解放した今、もう一度我慢するというのは難しいことで。

そこで冒頭で紹介した日記だ。

 

正直に、自分がリストカッターであることを綴った。

 

また否定されると思った。

私の周りに居た大人は、少なくとも過半数自傷行為を否定したから。

だけど私もいつまでも子供じゃ居られない。そう都合良く物事が進むわけじゃない。

腹を括ろう。

何せ私が通院しているのは心療内科だ。その手の問題にも対応してくれるはず。

そう思って主治医に相談してみた。

すると驚くべき答えが返ってきたのだ。

 

「やり過ぎなければいいんじゃないですかね?それもその人の逃げ道だと思いますよ。」

 

割と本気で泣きそうになった。危なかった。

まさかそんなことを言われると思って居なかった。

生まれて初めて自傷行為を否定されなかった。

それが本当に本当に嬉しかった。

この先生が担当で良かった、そう心から思った。

 

先生は私が何か悩みを相談すると必ずこう言う。

「全く同じことでいつまでも悩んでる人って居なくて、ほんの少しだけでも悩みって変化があるんですよ。だから流れに身を任せる、じゃないですけど、それでいいんだと思います。」と。

それがなんとなく、スッと胸に収まった。

ああ、別にいいかなって。まあいっか〜って。

もう私を殺さなくていいんだな、と思ったらすごく嬉しかった。

 

 

今回は長くなってしまいましたね。

読んでくれてありがとうございました。

 

 

では、また次回。