lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

自覚済みの欠点

まただ、またやってしまった。

現在深夜2時過ぎ、私はついさっきベッドの上で目が覚めた。

およそ5時間も風呂も入らず朝の支度もせずに寝ていたことになる。

一体私は何をやっているんだ…

度々こういうことがある。

その度に「またやっちゃった、次は気をつけよう」と思うのだが、気をつけてもいつも睡魔には負けてしまう。

私の部屋には椅子が硬い座椅子しかないから、必然的にベッドが定位置だ。

そりゃ横たわれば寝るわって感じなんだが、特に眠気を感じていないから謎の起きていられる自信があるのだ…

だがしかし、いつもそれで寝落ちしてしまう。

それでもいつも1〜2時間で起きるのだが、今回は酷い。5時間だ。

何をやっているんだ私は。

明日(今日)は普通に平日だ、つまり学校がある。にも関わらず、深夜2時を過ぎても風呂すら入っていない。

そして呑気にブログなんぞ書いている。

私の平均睡眠時間は昼寝を除くと2〜4時間だ。

 

そう、オールを決意した。

 

5時間も寝たのだ。さすがにもういいだろう (いや、学生だから5時間でも足りなさすぎるんだが)。

おそらく今から風呂に入って歯を磨いてドライヤーをしたら3時〜3時半あたりになるだろう。

そこから寝るとなると、たっぷり寝た後にまたすぐ眠れるとは思えない。

なら、中途半端に1〜2時間寝て眠いまま学校へ行くより、オールだ。

それに寝ても起きられるとも限らない。

じゃあ、いけるだろう。

これも謎の自信だ。

でも結局私のことだから、寝落ちするんだろうな、とも思っている。

 

私には欠点が多過ぎる。

それは性格的なものだったり、ADHDによるものだったり。

それらのいくつかは自覚済みだが、きっとまだまだあるのだろう。

反対に長所は思いつかない。

全く自覚はないし、きっと他人も分からない。

 

学生をやってると必ず一度は自分の長所や好きなところを見つける、みたいな機会があるのだが(主に道徳の授業や作文、自己紹介カードなどで)、私は本当にそういった類いのものが嫌いだ。

そんな、健全な自尊心は微塵も持ち合わせていない。

学校側はなぜそんなことを聞くのだろうか。

自尊心を養う為?自己承認欲求の為?

そもそも長所なんて誰だって自分ではなかなか分からないものだ。

他人に複数回指摘されて、初めてそれが長所なんだと自覚する。

だが学生、こんな歳じゃ教科書じゃあるまいし人が人のことを褒めるなんてあまりない。

せいぜい社交辞令だろう。

大人が言うことはそんなに信用していない。これもどうせお世辞だ。

親からの指摘だって親バカの可能性がある。

こういう時に「褒められた!やった!」と素直に喜べるような人間ではないから、複雑だ。

もう少し素直で単純な人間なら幸せだったかもしれない。

人からのお世辞や褒め言葉を過剰に謙遜することはないが、やはりお礼を言いつつもどこか疑ってしまうところがある。

人の心は読めない。

お世辞なんて存在しなければ良いのに、と思うが、本心を口に出してしまったら世の中悪口で溢れかえってしまうからまあこれはあった方がいいのだろう。

人とのコミュニケーションにはどうやらお世辞や社交辞令が欠かせないようだ。

そういったものを、素直に受け取れないでいると本当に褒めてくれてる人に申し訳ない。

お世辞と本物の区別を、どう付けるべきなのだろうか。

口が達者な人はお世辞さえも具体的だ。

でも内心なんとも思っていなかったりする。

 

人間の心は本当に分からない。

だからこそ自信がないし、自尊心なんていつまでも養われないのだ。

自分で自分を認めてやることも出来ない。

常に劣等感と罪悪感と嫌悪感でいっぱいなのだ。

私はそういう人間だ。

他者はこれを鬱だの病んでるだの言う。

特に病気や障害があるわけでもなく、至って普通の平凡な人生を歩んだ人間は大抵そういうことを言う。

「俺だって苦労している」なんて言われても、誰だって経験するような苦労がほとんどだろう。

親から虐待されたことも、レイプされたことも、いじめられたことも、障害や病気を持ったこともないような人間は痛みを知らない。

知らない方が確実に幸せだが、痛みを知らない人ほど弱者に心無いことを言う。

まるで追い討ちをかけるように。

 

親から愛され、学校では友達がいて、勉強に部活に遊びと忙しく、彼女または彼氏がいて、そんな充実した日々を送ったような、平凡でありきたりで幸せな人生を歩んだ人間に何が分かるのだ。

今すぐ手足切り落としてやろうか。

 

きっと私と同じ14歳中学3年生は、受験に励み、部活を引退し、恋人または友人と共に頑張る!なんて人がほとんどだろう。

悩みは大抵受験のことだ。

あとは思春期による見た目の悩み。

だけどみんな自分のことが嫌いか?と問われれば、嫌いだと即答する者は多くない。

なんだかんだ自尊心はあるし、自分で自分を認めているのだ。

 

人と違うことが悪いことではないのに、常に普通と比べられ、誰でも出来ることが出来ず、理解されず、孤立し、社会からどんどん切り離される。

お前らの14歳はこうだったか?

もしそうだとして、それでも劣等感や罪悪感、嫌悪感でいっぱいだというのを鬱や病み、メンヘラ、甘えだと言えるか?

 

私は精神疾患をステータスにしているつもりはないし、可哀想と思われたいわけでもない。

これを読んだ人から「私はそれでいいと思う、lemonはlemonだよ」なんて言葉をかけてほしいわけでもない。

 

ただひたすらに虚しいのだ。

欠点を見つける度に、どんどん自分が嫌いになる。

探しても長所は出てこない。

「普通」を強制する社会。

いつだって疑心暗鬼なのだ。

人並みにもなれなかったから、全てが怖く疑わしく受け入れ難い。

自分が人一倍嫉妬深いとして、何度も浮気している彼氏と結婚する気になるだろうか。

「次こそ本気だから」なんて言われても、きっと信用ならない。

そんなもんだ。

 

いじめ反対!差別反対!なんて声をあげるのに、平気で人の悪口を言って理不尽な暴力を投げて見て見ぬ振りをするような社会に染まるのは嫌だ。

だけど染まらないと「普通じゃない」と弾かれる。

 

さあ、普通とはなんでしょう。

 

普通、それはつまり平均。

平均の出し方は皆さん分かりますか?

要するに色んな人をまとめて人数分考えたものが平均。

その「色んな人をまとめた」の中に、ちょっとでも人と違うと入れないのだ。

ではもう一度問おう。私自身に、これを読んだ人に。

 

普通とは、なんですか。

 

この答えが見つかった人は、確実に何かを手にしている気がする。

それを見つける為には、一体どれほどの経験を重ねるべきだろう。

一生かけても見つからない人もいるだろう。

私は、空っぽだ。

 

では、また次回。