lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

どうしようもない

深夜によくあるセンチメンタルに身を委ね、ぼんやりとまだ見ぬ未来に想いを馳せていたらなんだか悲しくなってきてしまい、そっと頓服を流し込んで筆を取った。

 

いじめられたり孤立したり不登校だったり、なんやかんやありながらも無事中学を卒業した。在籍中は生き地獄のように辛く苦しく、永遠のようにも感じられた日々だったが、過ぎ去ってしまえば淡い記憶だ (正直、フリースクールに通う前の2年半はあまりに辛過ぎてクラスメイトの顔や名前すら思い出せない)。

毎日毎日しんどくて、ああ早く死ねないだろうか、でもやっぱり自分で死ぬのは怖いからどこかで車に轢かれたりしないかな、なんてどこまでも他力本願(?)な希死念慮を抱いていたが、どうにか地を這って15年生きてきた。

きっとこれを読んでいる人生の先輩方からすれば、15年なんてほんの一欠片程度なのだろう。

だけど私にとってそれは全てだった。

過去はあっという間だけど、現在は気が遠くなるほどに長くて、未来なんてもっともっと曖昧でぼんやりしている。まるで度の合っていない眼鏡のようだ。

無事高校に合格し、あとひと月もすれば慣れない環境に戸惑いながらもどうにか馴染んでいくのだろう。趣味に注ぎ込む為にバイトだってしなきゃいけないし、醜い自分を認める為にもジムにだって通わなきゃいけない。

そんなこんなできっとあっという間に高校だって卒業するのだろう。

私は高校を卒業したら大学へ進もうと考えているが、こんなポンコツ頭で受かるだろうか。受かっても変なところじゃないだろうか。

就職は?通信制高校の面接でさえ緊張で気が狂ってしまいそうだったのに、就活なんて出来るだろうか。

そんな今考えてもどうしようもない不安ばかりが募る。

どうしようもないと分かっていて、はいじゃあ考えるのやーめた!…なんて出来るほど私は割り切った人間じゃない。

だけど同時に、こんなどうしようもないことで悩んでいる自分が、同年代のみんなと何ら変わりない普通の人間なんだ、と思わせてくれて安心してしまう。普段から劣等感が強いからだろうか。

私の周りには、いわゆる類友というやつだろうか、メンがヘラってしまった人たちが多い。

人の辛さなんて比べるものでもないし、その人たちにはその人たちなりの辛さがあるのだろう。それは理解している。

だけどみんな勉強が出来たり、何かしらの特技があったりする。私から見ればなんやかんや上手くいってる気がして、羨ましいなぁ、なんて無い物ねだりをしてしまうのは、贅沢だろうか。

私の数少ない友人は、お世辞抜きで本当にみんなすごいのだ。なんでも出来てしまうくらいには器用で、でも自分のことは不器用で、優しい人たち。自慢の友人だ。

それに比べて、なんて思ってしまうのは、Twitter上でよく見かける構ってちゃんと同じだろうな、なんて思わず自分自身を嘲笑してしまう。

本当にどうしようもない。どうしようもない、誰もが一度は抱える不安を抱き締めて今夜も大人しく眠るしか、私にはないのだ。

拝啓、十数年後の私よ。無事生きているだろうか?

 

 

では、また次回。

ガラス玉

どうしようもないこの衝動は、まるでぱちんぱちんと互いを弾いて転がるガラス玉のようで。

一見透き通っていて綺麗なガラス玉だけれど、光に透かして中を覗いてみれば傷だらけ。

僕があまりに無茶な我儘を言うもんだから、色鮮やかなガラス玉たちはただの無色透明へと変わり果ててしまった。

色褪せたガラス玉は無価値なガラクタで、見向きもされずに袋に詰め込まれて放り出されてしまう。

そんでもって、また僕の我儘で一度放り出したガラクタをまた見つけ出そうとするけれど、当然乱雑に投げ捨てられたガラクタは見当たらなくて。

そんな時、母さんは決まってボクを見つけてくれる。

ちゃんと元に戻さなきゃダメでしょって。

そう言って母さんは極彩色の絵の具を取り出して、ボクに色をつけてくれた。

光に透かしたって、今度は傷が見えない、格好良いガラス玉だ。

もうここには、無色透明のボクは居ない。

 

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頭痛の種

以前から私はブログでもTwitterでも頭痛が酷いと零していたが、最近はほとんど痛くなることもなくなった。

というのも、おそらく眼鏡を掛け始めたせいだろう。

つい先日健康診断へ行く機会があり、視力を測ったところ1.0と0.5というかなりのガチャ目であった。備考欄には「近視」の文字。

確かに以前から片目を隠すとぼんやりするとは思っていたが、まさかここまでとは。

そのことをTwitterに書くと、親切な方が色々と教えてくれた。

ガチャ目の場合、見える方の目で補おうとするので眼精疲労により頭痛を引き起こす可能性があるのだと言う。

思わず「ああ、なるほど」と言ってしまった。

元々頭痛持ちではあったが、気圧やストレス以外にも思わぬところで拍車を掛けていたようで、これにはとても驚いた。

とにかく眼鏡を作ろう、と思い、後日眼鏡屋へと向かう。

そしてそこで詳しく検査をしたところ、どうやら私はガチャ目だけではなく近視と乱視が入っていたらしい。

しかも左目が近視、右目が乱視という、左右で視力も違えば見え方も違ったらしい。そりゃ頭も痛くなるわけだ。

なんとなく物が二重、三重に見えるな、とは思っていたが、ぼんやりしていたし疲れ目なのかと思っていた自分が馬鹿らしい…。

疲れてるのは左右でガッチャガチャな目のせいだし、頭痛は引き起こすは物は見えないわで散々である。

そんなわけでフレームを選び、レンズを嵌めて微調整し、無事に「マイ眼鏡」をお迎えしたというわけだ。

これがその眼鏡である。

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黒を基調とした、ところどころスケルトンになっている比較的フレームが大きめな眼鏡。結構可愛いと思う。

赤やチェック柄なども可愛いが、私の私服は基本的に無彩色なので普段使い出来る方が良いだろうとこの色にした。

眼鏡が出来上がって最初に掛けた時の第一声がこちらである。

 

「み、見える…見えるぞ……!!」

 

どこの厨二病患者ですかね。

でも本当に視界がクリアで、世界はこんなにも鮮明だったのかと驚いた。

一応眼鏡が無くても見えなくはないが、やはり疲れるしぼんやりしている。

眼鏡を発明した人に賞賛の拍手を送りたいと思った。ありがたい。

では、今回はこのあたりで。

ただの眼鏡自慢になっていた気がしなくもないが、まあたまにはこんなのも良いだろう。

 

 

では、また次回。

齢15にして母親から整形のお許しを貰った話

皆さんお久しぶりです。

突然ですが、私は自分の顔面が気持ち悪くて仕方ないです。本当に突然ですね(笑)

私がライターをやらせて頂いているメンヘラ.jpさんにこの話を投稿しても良いかな、とも思いましたが、ただの自己満足な自分語りなので需要はないかな、と思い、こちらに書かせて頂く所存です。

ではここからが本題。

割と結構前から鼻がコンプレックスだったのですが、そこまで気にしてはいませんでした。何せ鼻なんかよりもっとコンプレックスな癖毛があったものですから。

昔はそこまででもなかったのですが、年齢が上がるにつれ癖毛は酷くなり、お笑い芸人のピース又吉さんあたりを想像して頂ければ近いと思います。そんな感じでした。

友人にはワカメだなんだとからかわれるし、短くすればオウム真理教麻原彰晃、長くすれば貞子で本当に自分の髪の毛が嫌いでした。

私の癖毛は父親譲りで、でも父親の癖毛は比較的大きめなウェーブなので収まりが良かったのです。

私は小さく波打ったりクルクルしたりと、それはそれは暴れん坊な髪の毛でした。全く言う事なんて聞きませんもの。

加えて母親は綺麗なさら艶ストレートロング。若い頃はシャンプーなどのCMのスカウトを何度もされたり、パーマをかけてもすぐにストレートに戻ってしまうくらい、本当に綺麗な髪の毛で、心底羨ましくて仕方なかったです。

毎日眺めて触って溜め息を吐くという、母としては困惑するような奇行を繰り返していました(笑)

ついでに言うと母方の祖母は恐ろしいほどの美人で、若い頃は芸能スカウトが絶えなかったとか。

しかし遺伝子というものは残酷ですね。どうしたって劣等遺伝子が勝ってしまうものです。

父親の家系もブサイクというわけではありませんが、母親の家系があまりにも出来過ぎていて、高低差のあまり高山病になりそうです(笑)

だって見た目も良ければ中身も良いんですよ?

世の中にはそういう人もいるのです。まあ母親の家系は代々並大抵じゃない苦労人なので、何もかもが恵まれているというわけではないのですが。

そんなわけで自分の癖毛に心底腹が立っていたのですが、縮毛矯正というものと運命的出会い(母の勧め)を果たし、晴れて憧れのストレートのショートヘアになったのでした。

でもここで終わりじゃありません。

ひとつのステージをクリアしたらまた次のモンスターが襲ってくるのです。

 髪の毛は良くなった。じゃあ次は?

そう、鼻です。ああ気持ち悪い。

なんならデブなのでそれも気持ち悪いです。

自分の顔面で唯一目だけは恵まれてるので、まあそこは許すとしましょう。

だけどやっぱり他がダメです。鼻も口も歯並びも輪郭も全てが気持ち悪くて、どう見ても化け物にしか見えないので、私は整形しかないと思いました。

手始めに美容整形外科のサイトを見てみたらもう現代の技術にびっくりして腰が抜けましたよ、うん。

あんなことやこんなことまで出来るんですね。すごい。

ますます整形したくなりました。

さてここで整形するに当たっての第一関門、「親の許可」です。

よく聞きますよね。親から貰った大事な身体が〜とか、将来崩れるから〜とか。

個人的なガキ臭い反論なんですが、まあそもそも自傷行為常習犯なので親から貰った大事な身体もクソもないです。あと私が自傷行為常習犯なのも母は知っています。

ヘヘッ、手首はとうの昔にバーコードでっせ兄貴(誰おま)。

まあでも最初の頃は母も自傷行為に反対していました。そりゃそうですけど。

でも発達障害が分かって精神科へ通うようになって不登校になって、だんだんと理解し合えるようになりました。

親子の話し合いって大事です。

決して「どんどん手首切っていいよ!」なんてアホみたいに肯定するわけではありませんが、でも理解は得られました。ありがたい。

そんなわけで、今回も否定されるかな…でもそしたらまた話し合おう…とドキドキしつつ、さりげな〜く整形したい旨を伝えると、あっさり許可が下りました。わぁお、寛大。かーちゃんすげえ。

母曰く、思春期なんてみんな自分の顔面は嫌になるものだし、私も嫌で嫌で仕方なくて整形したい!ってずっと思ってたけど、大人になったら案外どうでも良くなったし、もし大人になってもまだ嫌だな〜って思うなら、自分で稼いだ金なんだから好きにしたらいいんじゃない?とのこと。

母親というものはすごいですね。我が子の整形の申し出をここまであっさり許可するとは。

ありがてえなぁ、と思いつつ、まずは貯金しなきゃいけませんね。その為にもバイトを詰め込みます、頑張ります。

そして私は目と鼻の近くにほくろが2つあるのですが、今度母がシミを消すついでに私も皮膚科へ行ってほくろを消してきます。レーザーでジュッとね(笑)

これでまたひとつ、コンプレックスが減ります。

高校へ入学したら母と一緒にジムにも行きます。痩せるぞ〜。

結構私は母と仲良しです。親子というか、友達に近い感覚ですね。お揃いの物とか買ったりしますよ。

自分の顔面は相変わらず気持ち悪くて泣きたくなりますが、もう少しの辛抱。

メスを入れる、その日まで。

 

長くなってしまいましたね。

ここまで読んで下さってありがとうございました!

 

 

では、また次回。

斉藤壮馬 1st single

本当に超個人的な話なんですが(いつものことだけど)、私の大好きな大好きな声優・斉藤壮馬さんがついにアーティストデビューをするとのことで、今回この記事を書かせて頂きました。

 

発売日は2017/06/07の水曜日!

タイトルは「フィッシュストーリー」です。

公式サイトや公式Twitterも公開されましたので、もしよろしければそちらの方もご覧頂けるとファンとしてとっても嬉しいです…

 

公式サイト:http://www.saitosoma.com/sp/

公式Twitter:@SomaStaff

 

これ以上書くと抑えきれないヲタク感が溢れ出てしまうので書きませんが、とりあえず一言だけ言わせてください。

 

壮馬くんおめでとう!お前らCD買えよ!

 

はい、ここまで超個人的な趣味の話を読んで下さりありがとうございました!

 

 

では、また次回。

卒業

お久しぶりです。

この度、フリースクール、在籍校共に卒業して参りました。

在籍校の卒業式は死ぬほど嫌な思い出しかないので割愛させて頂きますが、フリースクールの卒業式は本当に素敵な思い出になったので、ここではそのお話をしようかと。

 

まず後輩たちがずっと前からお別れ会の準備をこっそり進めていてくれたようで、本当に嬉しかったです。

ひとりひとり、先生方も含め色紙にメッセージを書いてくれて、お手紙も頂きました。

手作りのコサージュも可愛らしくて、慣れないながらに一生懸命作ってくれたんだろうな、と思うと思わず目が潤みそうになります。

半年間しか一緒に居なかったけれど、2年半通った在籍校には一切の思い出がないにも関わらずフリースクールはたった半年でも3年分が凝縮されたようで、本当に幸せだったなぁとしみじみしてしまいます。

ババアだから涙腺がゆるゆるです。

学校という場所でこんなにも誰かと笑い合ったことなんて今まで無かったので、フリースクールに来て良かったなぁ、と心底思います。

後輩も同級生も、みんなのことが大好きです。

たまにでいいから遊んでほしいし、文化祭とか突撃したいです。

昨日卒業したばかりだと言うのに寂しくて、既に会いたいなぁと思ってしまう…。

このブログを見ていることは限りなくゼロに近いと思いますが、この場を借りてお礼を言わせて下さい。

みんなありがとう、大好きです。

 

 

では、また次回。

整形手術

己の顔面の醜さに憂鬱が隠しきれない。

日々気持ち悪いなぁ、なんて思って過ごしている。

痩せるのは自分の努力次第だけど、脱毛もホクロのレーザー除去も整形も金が必要で、より一層稼ぎたい気持ちになる。

嫌で嫌で仕方なくて、この歳にしてついに美容整形外科のホームページをひたすら検索してしまった。

この醜い顔面も、金を積めば簡単に美しくなってしまうのだと思うと今の技術に感動の溜め息が漏れてしまう。

主に鼻と輪郭をどうにかしたいのだが、Q&Aのページを見る限りそう難しいものでもなさそうだ。

ついでに言えば目も唇も歯も治したいが、まあそれは後々。

整形なんてものはきっと美を追い求めればキリがなくて、結局顔面が崩れてしまった人たちは何人も見てきた。

私も一度足を踏み入れてしまえばそのうちの1人になる可能性はあるわけで、自分の顔面にメスを入れるのが怖くないわけじゃない。

だけどそれ以上にこの醜い顔面が嫌いだった。

 

小学生の頃からだろうか、この感情が芽生えだしたのは。

切実に「男になりたい」と思っていた。

だから可愛いより格好良い服が好きだし、スカートよりズボンだし、ピンクより白黒だし、ロングよりショートだ。

でも、だからと言って筋肉ムキムキのごっつい雄な感じになりたいわけでもなくて、いわゆる中性的な感じになりたいのである。

私は幼い頃から美しさを求めていた。

Twitterでは可愛い女の子を愛でるあまり童貞おじさんなんて言われているが、まあ女体を好むのもそういうところから来てるのだろう。

TVや雑誌に出てくる美人系モデルたちのしなやかで華奢な背中や脚にどれだけ見惚れたことか数えきれない。

女として憧れるのは美人だが、同時に心には男のような何かが存在していて、可愛い女の子を目一杯愛でたい気持ちがある。

でも無理矢理男だとか女だとか区別なんて付けなくて良いと思うし、男と女があるなら真ん中もあるはずだ。

私はそういう曖昧だけど確かな「真ん中」になりたいのだと思う。

恋愛においてもそうだ。

私は男女どちらでも好きになればそれでいいと思うし、女の子を抱くことを想像しても抵抗はない。逆に男に抱かれるのもそれはそれで別に構わない。

実際に女の子を好きになったこともある。

当時は深い友情だと思っていたけど、思い返せばあの感情は恋だと気付いたのは最近だ。

今となってはもう遅いが。

LGBTという言葉は聞いたことはあるものの、そこまで詳しくない。

自分が両性愛者なのか全性愛者なのかも分からないが、まあそのうち分かるだろうから焦らず待とう。

年齢的にも恋愛経験豊富なわけないし。

 

ああ、美しくなりたい。

外見ばかり気にしても中身がブスだと〜なんてよく聞くが、外見は中身の1番外側だ。

見た目が悪ければ中身もそれに伴って卑屈になったとしても当然だと思う。

実際私は酷い癖っ毛で、束ねていた髪を解けばお笑い芸人ピース又吉さんかオウム真理教麻原彰晃に近い髪型になってしまっていた。

なんて気持ち悪いんだろうとずっと思っていたし、他者からからかわれる度殺意が湧いた。

だけど縮毛矯正をして髪を切ったら自信がほんの少し身についたし、常に湿気を気にして雨の日は出来るだけ外出を控えるなんてこともなくなった。

少しだけ前を向くことが出来たのだ。

だから今はマスクをしているけど、整形手術をしたらマスクなんてしなくても顔を上げて外を歩ける気がしている。

自分のことが大嫌いだから、じゃあ好きになるためにはどうしたらいいか考えた結果、世間一般からしたら一瞬「えっ?」と思われるようなことだってやってしまおうと思えた。

今までの自分を捨てて180°変えてしまいたいのだ。

そもそも誰かがやっちゃいけないなんて決めたわけでもないし、幸いこの国では個人の自由が保障されている。

自分を好きになっても良いんだ、と思えた。

働いて好きなものを買って部屋を好きなもので埋め尽くして、どこから撮っても綺麗な顔面・身体になれば、きっと少しは自分を好きになれるはずだし、外見を好きになって自信がつけば内面も変わるはずだと信じている。

 

 

では、また次回。