lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

卒業

お久しぶりです。

この度、フリースクール、在籍校共に卒業して参りました。

在籍校の卒業式は死ぬほど嫌な思い出しかないので割愛させて頂きますが、フリースクールの卒業式は本当に素敵な思い出になったので、ここではそのお話をしようかと。

 

まず後輩たちがずっと前からお別れ会の準備をこっそり進めていてくれたようで、本当に嬉しかったです。

ひとりひとり、先生方も含め色紙にメッセージを書いてくれて、お手紙も頂きました。

手作りのコサージュも可愛らしくて、慣れないながらに一生懸命作ってくれたんだろうな、と思うと思わず目が潤みそうになります。

半年間しか一緒に居なかったけれど、2年半通った在籍校には一切の思い出がないにも関わらずフリースクールはたった半年でも3年分が凝縮されたようで、本当に幸せだったなぁとしみじみしてしまいます。

ババアだから涙腺がゆるゆるです。

学校という場所でこんなにも誰かと笑い合ったことなんて今まで無かったので、フリースクールに来て良かったなぁ、と心底思います。

後輩も同級生も、みんなのことが大好きです。

たまにでいいから遊んでほしいし、文化祭とか突撃したいです。

昨日卒業したばかりだと言うのに寂しくて、既に会いたいなぁと思ってしまう…。

このブログを見ていることは限りなくゼロに近いと思いますが、この場を借りてお礼を言わせて下さい。

みんなありがとう、大好きです。

 

 

では、また次回。

整形手術

己の顔面の醜さに憂鬱が隠しきれない。

日々気持ち悪いなぁ、なんて思って過ごしている。

痩せるのは自分の努力次第だけど、脱毛もホクロのレーザー除去も整形も金が必要で、より一層稼ぎたい気持ちになる。

嫌で嫌で仕方なくて、この歳にしてついに美容整形外科のホームページをひたすら検索してしまった。

この醜い顔面も、金を積めば簡単に美しくなってしまうのだと思うと今の技術に感動の溜め息が漏れてしまう。

主に鼻と輪郭をどうにかしたいのだが、Q&Aのページを見る限りそう難しいものでもなさそうだ。

ついでに言えば目も唇も歯も治したいが、まあそれは後々。

整形なんてものはきっと美を追い求めればキリがなくて、結局顔面が崩れてしまった人たちは何人も見てきた。

私も一度足を踏み入れてしまえばそのうちの1人になる可能性はあるわけで、自分の顔面にメスを入れるのが怖くないわけじゃない。

だけどそれ以上にこの醜い顔面が嫌いだった。

 

小学生の頃からだろうか、この感情が芽生えだしたのは。

切実に「男になりたい」と思っていた。

だから可愛いより格好良い服が好きだし、スカートよりズボンだし、ピンクより白黒だし、ロングよりショートだ。

でも、だからと言って筋肉ムキムキのごっつい雄な感じになりたいわけでもなくて、いわゆる中性的な感じになりたいのである。

私は幼い頃から美しさを求めていた。

Twitterでは可愛い女の子を愛でるあまり童貞おじさんなんて言われているが、まあ女体を好むのもそういうところから来てるのだろう。

TVや雑誌に出てくる美人系モデルたちのしなやかで華奢な背中や脚にどれだけ見惚れたことか数えきれない。

女として憧れるのは美人だが、同時に心には男のような何かが存在していて、可愛い女の子を目一杯愛でたい気持ちがある。

でも無理矢理男だとか女だとか区別なんて付けなくて良いと思うし、男と女があるなら真ん中もあるはずだ。

私はそういう曖昧だけど確かな「真ん中」になりたいのだと思う。

恋愛においてもそうだ。

私は男女どちらでも好きになればそれでいいと思うし、女の子を抱くことを想像しても抵抗はない。逆に男に抱かれるのもそれはそれで別に構わない。

実際に女の子を好きになったこともある。

当時は深い友情だと思っていたけど、思い返せばあの感情は恋だと気付いたのは最近だ。

今となってはもう遅いが。

LGBTという言葉は聞いたことはあるものの、そこまで詳しくない。

自分が両性愛者なのか全性愛者なのかも分からないが、まあそのうち分かるだろうから焦らず待とう。

年齢的にも恋愛経験豊富なわけないし。

 

ああ、美しくなりたい。

外見ばかり気にしても中身がブスだと〜なんてよく聞くが、外見は中身の1番外側だ。

見た目が悪ければ中身もそれに伴って卑屈になったとしても当然だと思う。

実際私は酷い癖っ毛で、束ねていた髪を解けばお笑い芸人ピース又吉さんかオウム真理教麻原彰晃に近い髪型になってしまっていた。

なんて気持ち悪いんだろうとずっと思っていたし、他者からからかわれる度殺意が湧いた。

だけど縮毛矯正をして髪を切ったら自信がほんの少し身についたし、常に湿気を気にして雨の日は出来るだけ外出を控えるなんてこともなくなった。

少しだけ前を向くことが出来たのだ。

だから今はマスクをしているけど、整形手術をしたらマスクなんてしなくても顔を上げて外を歩ける気がしている。

自分のことが大嫌いだから、じゃあ好きになるためにはどうしたらいいか考えた結果、世間一般からしたら一瞬「えっ?」と思われるようなことだってやってしまおうと思えた。

今までの自分を捨てて180°変えてしまいたいのだ。

そもそも誰かがやっちゃいけないなんて決めたわけでもないし、幸いこの国では個人の自由が保障されている。

自分を好きになっても良いんだ、と思えた。

働いて好きなものを買って部屋を好きなもので埋め尽くして、どこから撮っても綺麗な顔面・身体になれば、きっと少しは自分を好きになれるはずだし、外見を好きになって自信がつけば内面も変わるはずだと信じている。

 

 

では、また次回。

自傷行為

昨日は通院日で、いつも通り主治医とお話をしていた。

通院は月に一度だから、いつも伝えようとしていたことを伝え忘れていたりと不十分な点が多々存在していて、だから私は先月から日記をつけ始めていた。

初めのうちは「どうせ私のことだ、三日坊主に決まってる」なんて思っていたのだが、夏休みの日記みたいに今日1日何があったか、ではなく、今日1日の体調・精神状態などの症状、自傷行為の内容、服用した薬の名前など、出来事ではなく必要事項だけを記入するようにしていたら、見事に1ヶ月間毎日欠かさず書くことが出来たのだ。

これには自分でも驚いて、たまには自分を褒めてもいいかな、なんて思ってしまった。

 

さて、本題はここから。

私は自傷行為常習犯で、1番最初に自傷行為をしたのは幼稚園児の頃だった。

いや、爪をむしるとかそんな細かいものも含めたらそれよりもっと前からかもしれない。

だが、明確な意志の芽生えはその幼稚園児の時だったのでここでは1番最初はその時ということにしておこう。

理由までは覚えていないが、私は幼いながらに何かにイラついていたのだろう。

とにかく冷静になろう、落ち着こう。無意識のうちにそう思ったのだろうか。

 

私は自分の首を絞めた。

 

何を言っているか分からないかもしれないが、これはきちんとした事実だ。

この時のことは今でも鮮明に覚えている。

私はその頃から、イライラしたり悲しくなったりすると痛みで冷静になろうとする節があった。

きっとその自我の芽生えが、その時の自分の首を絞めたことなのだろう。

私は自らの手で自身の首を鼓動が速くなるまで絞め、フッと緩めた。

すると、その苦しみがイライラを上回って冷静になり、思考が鮮明になったのだ。

それ以来、私は何かあると痛みで冷静になろうとするようになった。

首を絞めたり、皮膚を掻きむしったり、爪をむしったり、唇の皮を剥いたり。

その為、幼い頃から私はずっと深爪だった (去年あたりに深爪なのが恥ずかしくなり、頑張って治しました)。

 

そして少し話は変わるが、そういった細かくて比較的「癖」と言えば済むような自傷行為ではなく、リスカやボディステッチなどの本格的(?)な自傷行為を始めたのは中学1年生の時だった。

いじめられて、学校に行きたくなくて、自我を殺して、精神状態はかなり酷かっただろう。

そんなある日、インターネットでリストカットなるものを知り、興味本位でカッターを手首に押し当てた。

最初は怖くて薄っすらとしか切ることが出来なかったが、今までの自傷行為より遥かにその行為は心地良くて、どんどん悪化していった。

昔から血を美しいと思っていたこともあって、なるべく血が出るように切っていた。

すぐに錆びてしまうからと、替えの刃が何本もストックされていた。

同時に同じくインターネットでボディステッチという、皮膚(薄皮)に刺繍するものを知って、それも興味本位でやってみた。

おかげで手のひらはボロボロだったが、美しくて子供ながらに心惹かれ、傷が治れば縫って切っての繰り返しだった。

絵を描くのも音楽を聴くのも好きだったけど、鬱や破壊衝動にそんな趣味如き効き目なんか無くて、自傷行為に勝るストレス発散法が私には存在しなかった。

だがしかし、そう長く続くはずもなく。

すぐに担任にバレて呼び出され、問い詰められ、だけど信用なんてしてなかったから何も言わず「楽しいから切ってます!」と元気良く答えておいた。我ながら狂気的だと思う。

もちろん親にも連絡が行き、それはそれはもう怒られた。

どうしてそんなことするの!?って。

裁縫道具もカッターも没収された。

 

私は絶望した。

 

これから先、何を頼りに生きていけばいいのだろう。

この行き場の無くなったストレスはどこへ捨てて行けばいいのだろう。

大好きな美しき自傷行為を否定されたのが悲しかった。

何もかも分からなくなった。

どんどん崩れていった。

学年が上がるごとに自我の押し殺し方が酷くなり、私が精神崩壊寸前の不登校になった中学3年生の頃には中身が空っぽだった。

ちゃんと毎日学校には行っていたけど、ろくに人と関わった記憶がなく、言うなれば「空白の2年半」だろうか。

身体に拒否反応が起きて、ようやく登校拒否。フリースクールへ通い始めた。

押し殺していた自我をもう一度再生させた今、私はあの時の感情がフツフツと湧き上がった。

 

手首を切りたい。

 

ああ、せめて、長袖を着ている冬の間だけでいいから。

剃刀に手を伸ばしていた。

我に返った時には既に血が流れていた。

なんとも言えぬ幸福感に包まれた。

ああ、これを待っていたんだ、と。

 

それ以来頻繁に剃刀に手を伸ばすようになってしまった。

季節は無慈悲にもあっという間に巡って、きっとすぐに夏になる。

昔はカッターだったから良いものの、今は剃刀だ。

このズタズタのバーコードな傷痕塗れの手首を人前に晒すわけにはいかない。

どうにかしてやめなくちゃいけない。そう思った。

だけど一度我慢していたものを解放した今、もう一度我慢するというのは難しいことで。

そこで冒頭で紹介した日記だ。

 

正直に、自分がリストカッターであることを綴った。

 

また否定されると思った。

私の周りに居た大人は、少なくとも過半数自傷行為を否定したから。

だけど私もいつまでも子供じゃ居られない。そう都合良く物事が進むわけじゃない。

腹を括ろう。

何せ私が通院しているのは心療内科だ。その手の問題にも対応してくれるはず。

そう思って主治医に相談してみた。

すると驚くべき答えが返ってきたのだ。

 

「やり過ぎなければいいんじゃないですかね?それもその人の逃げ道だと思いますよ。」

 

割と本気で泣きそうになった。危なかった。

まさかそんなことを言われると思って居なかった。

生まれて初めて自傷行為を否定されなかった。

それが本当に本当に嬉しかった。

この先生が担当で良かった、そう心から思った。

 

先生は私が何か悩みを相談すると必ずこう言う。

「全く同じことでいつまでも悩んでる人って居なくて、ほんの少しだけでも悩みって変化があるんですよ。だから流れに身を任せる、じゃないですけど、それでいいんだと思います。」と。

それがなんとなく、スッと胸に収まった。

ああ、別にいいかなって。まあいっか〜って。

もう私を殺さなくていいんだな、と思ったらすごく嬉しかった。

 

 

今回は長くなってしまいましたね。

読んでくれてありがとうございました。

 

 

では、また次回。

顔面偏差値

またブログを放置してしまっていた。お久しぶりです。

 

最近暖かくなってきて、だんだんと春の訪れを感じる。

きっとすぐに夏になってしまうんだろうなぁ。

夏といえば、暑い。暑いと、マスクを付けられない。

さて、どうしよう。

自分の顔面に自信が無さ過ぎて、最初は防寒のつもりで付けてたマスクがだんだんと顔を見られない為のマスクになりつつある。

ブサイクなのはもちろんだし、笑うと気持ち悪いし、自傷行為の痕が残ってる。

早く整形させてくれ。

目の二重幅を揃えて、鼻と唇を小さくして、顎を細くさせてほしい。出来れば歯並びも。

snowで撮った加工済みの画面の奥の自分しか愛せない。鏡もそんなに見たくない。

気持ち悪い。

いつからだろう、こんな風に思うようになったのは。

小さい頃はお世辞なのかどうかは置いといて、周りから結構チヤホヤされていた。

自分でも3〜4歳の頃の自分は可愛いと思う。あの頃の私はどこに行ったんだ。

成長するごとに顔面は崩れるし、メンがヘラって目は死んだ魚、青白くて太ってる。吐き気がする。

今日はなんだか自己否定が激しいな。

文体も話し言葉だ。許してほしい。

見た目も中身も愛せない。肯定出来ない。

大人に相談してもいいけど「思春期」の一言で終わりだろうな。分かってるよ。知ってるよ。

思春期なんだよな。思春期だからこうなんでしょ。

でも世の中には大人になってもその「思春期」みたいなこと言ってる人もいるよ。

その人たちはどうなるの。一生思春期が続くの?それは病気なの?

分からない。

私には何ひとつ分からない。

難しいことがいっぱいで、全部が不安で、自分にも他人にも否定されて、それで挫けるな、っていう方が無理な話でしょう。

目眩がして、メランコリーで、あれもこれも全部低気圧のせいにしてしまおう。

沈んで溺れてハイさようなら、おやすみなさい。

 

 

また、次回。

意志の弱さ

私は人と関わるのが苦手だ。

どうしようもなく、下手くそなのだ。

いくらネタであろうと人の欠点の言い過ぎは良くないが、衝動的に発してしまう。

気づくのはいつも言葉を放った後で、傷つけてしまったんじゃないか、怒らせてしまったんじゃないか、でも今さら謝ると返って気を遣わせてしまうんじゃないか、などなど…。

なんでもかんでも衝動的に行動してしまうのをやめたい。でもやめられない。

自分がADHDである、ということも、受け手にとっては言い訳にしか聞こえないだろう。

コンプレックスを指摘される苦しみは痛いほど分かっているはずなのに、気を抜くとすぐこうだ。

自分はなんて最低な奴なんだろうと思う。

今こうしてフリースクールへ通い、毎日笑って過ごすことが出来ているのも周りのみんなが優しいだけで、本当は嫌な思いをさせているんじゃないか、存在してるだけで迷惑なんじゃないか、そんな思いが消えない。

在籍校では少なくともそうだった。

私が居るだけで空気が悪くなり、休み時間など人が少ない時に教室に入ると、みんなそれとなく教室を出て行く。

それを横目に、気にしてないフリをして絵を描いていた。

1人で過ごすことも、友達が少ないことも、あまり人に好かれていないのも大した苦痛ではなかったが、″私が存在していることによって迷惑を掛けている″という事実は苦しくて堪らなかった。

これを言うと悲劇のヒロインを演じているだとか、良い子ちゃんぶってるだとか、そういうように聞こえるかもしれないが、当時は本気で苦しいのも悲しいのも自分だけで良い、みんなには楽しく笑って過ごしてほしい、そう思っていたし、今も思っている。

だから合唱コンだったり、そういう学校行事の前に意気込みを一言みんなの前で1人ずつ発表する、みたいな時は、常に「みんなに迷惑を掛けないように頑張りたいです。」と言っていた。

昔からそうなのだ。

大人数の輪の中に入れば、だいたい微妙な雰囲気になる。

自分でも私は理屈っぽくて面倒な人間だということは理解しているし、こんな人間は万人受けしないだろう。

迷惑な存在は迷惑な存在なりに控えめに生きてるつもりなのだが、それでも人と合わせることが出来ずいつも悪目立ちする。

今はたまたま恵まれた環境に居るだけで、将来社会に出たらまた同じことの繰り返しなんじゃないかと思うと、怖くて堪らない。

自分が怖い。無意識のうちに人を傷つけてしまうのも、嫌な気分にさせてしまうのも、もう嫌なのだ。

ただ大人しいだけの無害な存在ならそれでも構わないが、私は大人しくしてるつもりなのに悪目立ちする、無意識のうちに人を嫌な気分にさせてしまう有害な存在なのだ。

それが耐えられなかった。

プラスになれなくともゼロなら良かったものを、私はそれすら出来ず常にマイナスだった。

自分を好きになりたいのに、どうしたって嫌いになる。

だから今いる片手で数えられる程度の数少ない友人たちには、本当に頭が上がらない。

どうして私を受け入れてくれるのかは分からないが、それでも私という存在を肯定してくれる。その事実だけで充分だった。

だからこそ、そういった友人がいない場での言動が緩んでしまう。

もしかしたらまた友人たちのように私を受け入れてくれる人が居るかもしれない、なんて、都合の良い夢でも見ているのだろうか。

とことん自分は馬鹿なんだな、と落胆する。

 

私は幼い頃から「我が道行く」と言った感じで、良く言えば芯のある、悪く言えば人と合わせられない子供だった。

それは今でも同じで、「他人の為に自分の信念を曲げるなんてそんなの許せない」という自分が居る。

嫌われてしまうのも無理はない。

私は周りにとって都合の悪い人間なのだ。

それは長所でもあり、時に短所でもある。

いや、むしろ現代社会を生きる上では短所でしかないのだろう。

そういった意味でも、普通になりたい、と思う。

 

話題を変えよう。

前回の記事で「最近リス禁(リストカット禁止)を始めた」などという旨を伝えたと思うが、約2〜3週間のリス禁は一昨日見事に失敗へと終わった。

気づけば剃刀を手にしていて、頭では「切ってはいけない」と警告音が鳴り響いているのに、ふと我に返った時には既に血が滲んでいた。

「なんて意志が弱いのだろう」と思う反面、ずっと我慢していたからすごくホッとしたし、胸の奥の不安感が軽くなった気がした。

季節はあっという間に巡り、きっとすぐに春が訪れ夏になるだろう。

半袖になるのも時間の問題だ。

そろそろやめられるようにしなければ夏場困るのは自分だし、最近書き始めた医者に見せる用の日記にもきちんと自傷行為や精神状態のことなどを記録するようにしている。

今までリスカしていたことは医者には黙っていたが、このままではズタボロのバーコードと化した手首を公共の場に晒す羽目になってしまう。

特に志望校は私服登校だし、バイトなんぞ始めたら、それこそ接客業なんかやっててバーコード手首なんて洒落にならない。

正直に報告して、きちんとやめられるようにしたい。

もう、逃げてばかりではいけないのだ。

一時的に目を背けていた現実も、いつかはこちらを覗き込んでくる。

だからきちんと向き合わなければならないのだ。

もう二度と自分を殺すことがないように。

 

 

では、また次回。

深海

息苦しい。

精神的にも、身体的にも、どういうわけか追い込まれている。

特別何かがあったわけでもないのだが、おそらく原因は謎の動悸、息切れ、目眩、咳などの身体症状だろう。

やはり体調が悪いと精神も参ってしまう。

それに加え、スランプに陥ってしまった。

どんなに頭をひねっても、言葉が出て来ないのだ。

このブログでさえ、なんとか絞り出して書いている有様である。

もしかしたらこれを読んでいる貴方も、「あれ、なんかいつもと雰囲気違くない?」と感じているかもしれない。私もそう思う。

いつもなら特に深く考えることはせず、書き始めたらスラスラ言葉が出てくるのに。

こんなことは今まで生きてきた中で初めてだ。

こんなの、こんなの私じゃない。

メンヘラ.jpの記事だってまだ書き途中の物が残っているし、いくら締め切りがないとは言えどあまりお待たせするのも申し訳ない。

身体症状と、スランプのもどかしさと、最近始めたリス禁(リストカット禁止)が私を押し潰し、メンタルをゴリゴリ削り取って行く。

私にとってもはや生きる意味と化した「言葉」を、思い通りに操れないのは本当に苦しい。

まるで暗い海の中を彷徨っているみたいだ。

どうすることも出来ず、ただどす黒く汚れた胸の内を吐露している。

もうすぐ受験も迫っていて、学力試験無しの面接一本とは言えど緊張するものはするし、練習の時点で動悸と息切れで頓服を突っ込むような有様だ。

本番が不安でしかない。

思い返せばここ最近は不安感と破壊衝動に振り回されっぱなしである。

気がついたら剃刀を握り締めていたり、ベランダの手すりをジッと見つめていたり。

だけど私の友人は皆、面接以外にも作文や学力試験があって、私なんかよりずっとずっと大変なのだ。

面接しかないような人間が、それだけで不安だのなんだの言ってられない。

だけど、それでも私は今にも不安で押し潰されそうで、今すぐ全てを投げ出したくなる。

どうしようもなく、苦しい。

原因不明の動悸や息切れなどの身体症状も、一応精神科で相談はしているものの、正確な診断名は今のところない。

やはり内科などに行くべきなのだろうか。

色々とキーワードを検索してみたが、よく分からないけど怖そうな病名がズラリと並んでいて、「最悪の場合死に至る」なんて物騒な言葉もチラホラ。

やめてくれ、まだ私は死にたくない。

死にたい死にたい言ってても結局死ぬのは怖いし、出来ることなら生きていたい。

まだやり残したことだらけなのだ。

3月には96猫さんのワンマンライブがあるし、まだ斉藤壮馬さんにも会えていない。

何より、やっとやりたいことを、夢を、見つけたのだ。

こんなところで、下らないことで、磨けば光るかもしれない原石を粉々にしてしまいたくない。

やっと見つけた、私の宝物。

これから一生をかけて、大切に大切に磨いていく予定なんだから、それをここで「はい、おしまい!」なんて、そんなの哀しいじゃないか。

毎日毎日「死にたい」と零し、剃刀で手首をボロボロにし、泥沼を這っていた私が今、「生きたい」と願っている。

ちょっと前の私じゃそんなの考えられなかったし、これらは全てメンヘラ.jpと出会い、そして在籍校からフリースクールへ移行し、メンタルを安定させ、「言葉」の素晴らしさを知ったからだ。

どうしようもない苦しみも、変えられない過去も、変えようとしている未来も、全部どこかの同じように悩む誰かに役立つかもしれない。

そう思ったら、死ぬわけにはいかなかった。

近いうちに病院へ行って、しっかり検査してもらおうと思う。

どうかそんな怖い病気じゃないことを願って。

生きるぞ、今日も明日もこれからも。

 

冒頭でもお伝えした通り、最近スランプに陥っています。

読みにくい文章だったとは思いますが、ご容赦下さい。

 

 

では、また次回。

憎悪

先日、新川和江さんの「わたしを束ねないで」という詩を国語の授業で扱った。

以下、詩の全文。

 

わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡す限りの金色の稲穂

 

わたしを止めないで

標本箱の昆虫のように

高原からきた絵葉書のように

止めないでください わたしは羽撃き

こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音

 

わたしを注がないで

日常性に薄められた牛乳のように

ぬるい酒のように

注がないでください わたしは海

夜 とほうもなく満ちてくる

苦い潮 ふちのない水

 

わたしを名付けないで

娘という名 妻という名

重々しい母という名でしつらえた座に

坐りきりにさせないでください わたしは風

りんごの木と

泉のありかを知っている風

 

わたしを区切らないで

,や.いくつかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

 

この詩は新川和江さんの「何にも縛られず自由に生きたい」という、生きる望みを綴った詩なんじゃないか、というのが、授業での結論だった。

そして、この「わたしを束ねないで」と同じ構成で自分自身の望む生き方を詩にしてみよう、ということで、私は以下のような詩を創った。

 

私を殺さないで

極彩色の絵の具のように

全てを焼き尽くす炎のように

私を殺さないでください 私は水

終わりのない世界

にごらない瞳

 

この詩に込めた意味は、これを読んだ皆様のご想像にお任せしようと思う。

個人的には気に入っているので、ここに掲載した次第である。

 

 

そして次の話題。

これもまた授業でのことなのだが、今社会の授業では公民をやっていて、先生がお喋り好きゆえに雑談がよく入る。

その時話していた内容がなんとも言えぬものだったので、その話をしよう。

 

三者面談。

学生時代に一度くらいは経験したことがあるんではなかろうか。

先生曰く、日本の三者面談で親は教師に「うちの子はみんなと同じことが出来ていますか?」と聞くそうだ。

そして教師が「みんなと同じですよ。」と言うと、ホッとした顔をするらしい。

ところがフランスの三者面談では、親は教師に「みんなが○○してる間、うちの子は何をしていますか?」と聞き、教師が「1人で□□をしていますよ。」と言うと、「個性だ!」と喜ぶ、とのこと。

 

…なんだこの違いは。

きっと日本なら、みんなと違うことをしていると知った親は不安になったりするんだろう。

仲間外れにされてるんじゃないか、うちの子は人と違うんじゃないか、等々。

この芯まで染まった根強い「集団行動」「同調圧力」は一体なんだ?

人と違うことをすることの、何がいけない?

冷静に考えれば分かることじゃないか。

みんなが休み時間にボール遊びをしてるからと言って、読書をしてはいけない理由にはならない。当たり前のことだ。

だけどどういうわけか、「仲間外れ」「いじめ」「異端者」という名前がついてしまう。

何ひとつおかしいことはないのに。

これを私は「承認欲求」のせいだと思っている。

今の親は赤子が泣こうが騒ごうが走り回ろうがなだめることも注意することもしない。

「成長したらどうせ覚えてないだろ」と、まだ上手く気持ちを伝えられない子供に向かって己を否定するような暴言を平気で吐く人間もいる。

確かに覚えてない。そりゃ幼い頃の記憶など曖昧だ。

しかし、たとえ言葉が通じなくても、覚えていなくても、雰囲気や表情で伝わるものは伝わるし、その時出来た傷は一生残る。

それが現代の化け物、「承認欲求」に囚われる人間の、原因だろう。

生まれてから1番近くにいるのは大抵の場合親だ。

その親からの愛情をきちんと受けられなかったからこそ、無意識の「承認欲求」に駆られる。

そして、簡単に認めてもらえる「人と同じ」ことをして、承認欲求を満たしているんじゃないか、と思う。

 

人と同じことをして、いわゆる「普通」の平凡な人生を歩むことが「幸せ」とされていて、そうでなければ異常だと言われてしまう世界。

個性だなんだ言うけれど、それがあることによって仲間外れだなんて、そんなの個性もクソもあったもんじゃない。

学校よ、日本の教育者よ、貴様らの言う「個性」「教育」とはなんだ?

社会にとって都合の良い歯車となり、死ぬまで媚び売ってペコペコしてる犬のことか?

それは個性じゃない、教育じゃない、奴隷だ。

貴様らは奴隷を育てているに過ぎない。

人と違うことの何がいけないのか、なぜ自我を殺してまで人と合わせなきゃいけないのか。

生徒の命より、人ひとりの命より、労働力の方が大切か?

 

私はフリースクールに通う前、つまり在籍校へ通っていた時代は、死ぬか卒業するか転校するか、の三択しかなかった。

転校は金もかかるし、ただでさえ人と関わるのが苦手なのにまた1から知らない人間と関係を築くのか、と考えたら、やはり無し。

死と卒業のどちらが先か、そんな毎日だった。

フリースクールなんて存在は知らなかった。

教師は誰ひとりとしてそんなこと教えてくれなかった。

なぜ3年生になるまで放っておいたのだ?

私は1年生の時にいじめで自殺未遂をしていて、一度担任に呼び出されている。

自殺未遂をする前に、担任はいじめの存在を認知していたはずだ。だけど見て見ぬ振りをした。

死んでからじゃ遅いんだぞ。良かったな、死ななくて。

呼び出されたその時にフリースクールの存在を知っていれば、もっと早くあの苦しみから解放されていたはずなのに。

担任としては自分のクラスから不登校児、いじめられっ子なんて出したくないだろう。

だけど自分の欲のせいで、生徒が死んだらどうする気だ?どう責任を取る?

そんなの、謝って済む問題じゃない。

 

2年半自我を殺して学校に通ったおかげで心も体力も気力も削り取られ、現在は回復へ向かっているものの、トラウマのせいで色んなことが出来なくなっている。

在籍校の教師が憎い。大嫌いだ。

卒業文集には「3年間の思い出を〜」だと?

私に対して大小問わず何かしらの危害を加えた人間の名前をフルネーム、やられた内容を事細かに書き連ねてやろうか?

不登校児になった途端に教師が揃って顔色変えて優しくすり寄ってくるのも気持ちが悪くて吐き気がする。

「元気にしてた〜?」だと?

その元気を奪い取った貴様らが何を言う。

フリースクールに通っているものの、籍を置いているのは在籍校なので、やはり一刻も早く卒業したい。

この呪縛から解き放たれたい。いい加減にしてくれ。

 

そんな怒りが、フツフツと湧いている今日この頃。

似たような内容をメンヘラ.jpにて書かなきゃならないのだが、このままだとあまりにも乱雑な内容を読者の皆様にお届けすることになりそうだったので、ひとまずこちらで吐き出させてもらった。

お目汚し申し訳ない。

 

 

では、また次回。