lemonの掃き溜め

日々の生活や考え事、妄想などをただ綴ってるだけ。

学校を、休んでしまった。

 

かなり日が空いての更新となってしまってごめんなさい。

 

今日、私は無気力ゆえに学校を休んでしまった。

無気力なんていつものこと、そう思っていたら、朝起き上がれなかった。

これはもしや本格的に起立性調節障害の症状が…?とも思ったけど、おそらくそうじゃない。

学校が嫌なわけでもない。

じゃあ何が嫌なのか。

そう、それは自分が嫌なのだ。

「自分が嫌なことと学校を休むのに何の関係があるの?」と思うだろうが、本当に思い当たる節がこれしかない。

私はこれでも一応受験生の身で、いくら学力試験がないとは言えど書類やら面接やらである程度は忙しいし多少の不安はある。

特にこの書類、願書やらなんやら色々あるわけだが、もちろん提出期限があって、本来ならきちんと間に合うように書いて提出しなきゃならないわけだ。

しかし、私はこれが出来ない。

そう、ADHD特有の「先延ばし」だ。

最初から本書きをするわけではなく願書をコピーして練習したりするのだが、私は昨日先生に「明日までに願書の練習用紙、清書してきてね」と言われた。

私は「そんなに難しいものじゃないし、ささっと書いて提出すっか〜!」なんて、呑気なことを考えていた。が、これが私のダメなところだ。

結局あれやこれやと好きなことをしているうちに深夜を回り、風呂に入るのも忘れリビングでうたた寝をし、結局朝になった。

早朝、死ぬほど急いで風呂に入ったもののここで鬱スイッチがON!

分かっていたことなのに、いつも先延ばしにしてこうなるのに、何で私は出来ないんだろう。

こんなの自業自得でしかないし、なんなら自分がADHDっていうのも言い訳にさえ思えてきた。

私がダメなせいで色んな人に迷惑をかけてしまっている。

そんな申し訳なさ、罪悪感、自己嫌悪でズブズブと鬱の沼にハマり、ひたすら唇の皮を剥がしていた。

前にも言ったが、私はどうも冷静になろうとすると自傷行為をする節がある。

気づいたら唇の皮が全部なくなっていたし、いつの間にか掻きむしった皮膚は赤くなり、湿疹が出来ていた。

至る所がヒリヒリしていた。

何もかもが嫌で、現実から逃げるように重い身体を引きずり布団に潜り込んだ。

ものの1時間で起床時間になり、母が起こしに来た。が、起き上がれない。胃が痛い。目眩がする。

いつもならちょっと寝れば鬱なんてどこかへ吹き飛ぶのだが、今回はどうにもダメで。

ボソボソとした声で曖昧な返事をし、結局学校を休んでしまった。

しばらくすると担任から電話が掛かってきて、かなり心配を掛けていたことも分かった。

またこれで罪悪感に拍車がかかり、ああなんて私はダメな人間なんだろう、と思いつつそっと泣きながらまた深い眠りに落ち、そしてつい先ほど目を覚まし、今に至る。

 

私は今までの14年間、周りの優しさに甘え、ありとあらゆることで迷惑と心配を掛けてきた。

色んな言い訳をしてきた。

言われなくても自分が最低なクソ人間というのは自覚してる。

でも自覚したくなかった。そんな事実から目を背けた結果、また人に迷惑を掛けた。

私は逃げてばかりだ。

いつまで経っても幼い子供のようで、嫌になる。

自分が悪いのにそのせいで自己嫌悪に陥り、そこでまた人に迷惑を掛ける。そしてまた自己嫌悪。

こんな堂々巡り、早く辞めてしまうべきなのに。

発達障害」という名前に縋って守ってもらってる。

自分でも分かっているのだ。本当に私は発達障害だから「仕方ない」と。

だけどそれでも許せなかった。仕方ないの一言では済ませられなかった。

発達障害だからってそれを言い訳に誰彼構わず迷惑を掛けて良いわけじゃない。

それを分かっていても、自分で自分の心も身体もコントロール出来なくて、何も出来なくなって。

どうしようもないジレンマが私を襲う。

ただひたすらに申し訳ない気持ちで溢れかえり、もうなんでも良いから解放されたかった。

これ以上自分に失望させないでくれ。

もう自分のことを嫌いになりたくない。

好きになろうと私なりに必死に頑張っているのに、全部空回りして更に嫌いになる。

自己嫌悪で済めばいいものの、そのせいで人様に迷惑を掛けている。

なんて自分勝手なんだろう、ここでまた失望する。

どう頑張っても立ち上がれない。

夢を必死に追いかけて掴んだ人の煌めきに憧れて、自分もそうなりたいと思ったが、そんなことよりまず私は人並みに生きなきゃいけない。

常日頃から人に迷惑を掛けまくって生きるなんて、苦痛でしかなかった。

苦痛でしかないのに、自分じゃ何も出来なくて、また同じ失敗をする。

こんなの悪循環でしかない。

助けてほしいと願うのもおこがましく思えてきて、結局宛のない怒りと悲しみを自分自身にぶつけ返し、身体中を傷だらけにする。

自分のすること何もかもが社会に逆らっているようで、余計に人並み以下へ落ちるだけだ。

「人と比べる必要なんてないよ」「それも個性だよ」なんて優しい言葉を掛けてくれる人もいたが、いくらそう思ったところで今のこの世の中で生きる為には人と比べられて、より優秀でなければいけない。

嫌でも普通、または普通以上を求められる。

とことん私は生きるのに向いていない。

明日、私は人生15年目を迎えるが、結局15年生きても人並み以下にしかなれなかった。

きっとその先もそうだ。

私なりに成長したつもりでも、周りはその何倍も成長している。

いつだって比較されて落ちこぼれの烙印を押されるのを待つだけのガラクタだ。

 

 

久しぶりの更新がこんな内容で申し訳ない。

 

月曜からはきっと登校出来ることを願って。

 

 

 

では、また次回。

頭痛と睡眠と鬱と破壊衝動

新年の挨拶を済ませていきなりこんな暗い記事を書くのもアレだが、まあ何せここは「lemonの掃き溜め」だ、どうか許してくれ。

 

私は幼い頃から頭痛持ちだった。

特に雨の日や台風の日など、低気圧には大変弱い。

出来ることなら起き上がりたくないし、頭痛薬無しではあまりにもしんどい。

だけど私は今まで、頭痛薬というものを飲んだことがほとんどなかった。

まあ確かに子供のうちから薬漬けになるのも内臓に良くないが、そういうわけではなく、私の頭痛はすごく微妙なのだ。

痛むんだけど、学校を休むほどでもない。みたいな。

軽めだけど慢性的で継続的な、微妙に耐えられるレベルの頭痛。

それが私の抱える頭痛だった。

だけどメンタルを崩してからは、天候関係なくその時の気分次第で頭痛が発生するようになってしまった。

要するに鬱になれば頭痛やら腹痛やらを抱えるし、元気になればいつも通り健康、ということだ。

これがなかなかしんどい。

なんてったってメンタルを崩してるのだ。

些細なことで鬱になってしまう。

その度に頭痛が起こっては生活に支障が出るのも時間の問題だろう。

そんなわけで私は前回の通院時に頭痛薬と、胃が荒れないようにする為の薬を頂いた。

これがもうべらぼうに効くのだ。飲んだその日はどんなに鬱になろうと何もない。

健康とは素晴らしいものだな、と改めて実感した。

(これは余談だが、私は基本的に不健康なので非常に子供らしからぬ生活をしている。そりゃ身長伸びないよな、JC3で147cmってなんだよ。)

 

そして同じく前回の通院時、いつものストラテラに加えて新たに睡眠薬が追加された。

初回だからおそらくかなり弱いやつだと思われる。

しかも錠剤を半分に割ったやつ。

「まあまあ、所詮半分に割ってあるし?」

と思っていたわけだが、あまりにも私の生活リズムがクソなせいで寝る時間がどうしても朝方になってしまい、飲むタイミングが全くなかった。

そんなわけで一昨日初めて飲んだわけだが、まあアレは素晴らしいな。

あんなにきちんと中途覚醒もなく眠り、パッと目が覚めたのは実に久しぶりだった。

しかし、日本語として成立していない説明口調のわけのわからない夢を見たのと、目が覚めて数分間は視界が歪んでいたのだけは理解不能だった。

おそらく初回だから効き過ぎているのだろう。半錠だけど。半錠だけど。(大事なことなので2回言いました。)

そして昨夜、またしても私の生活リズムがクソなせいで眠剤を飲み忘れた。

すると寝たのが朝方なわけだが、たった2〜3時間で目が覚めてしまったのだ。

思わず「もう薬無しでは生きていけない!」なんてヤク中めいたことを口にしてしまっていた。

 

そして度々、ここ、lemonの掃き溜めにも登場する「鬱」と「破壊衝動」。

まあとても厄介だ。

破壊衝動は月に数回程度だが、鬱に関しては週に複数回、酷い時は1日に何度も訪れる。

激しいイラつき、自己嫌悪。

感情のジェットコースターが急発進し、号泣謝罪自傷を思わずキメてしまう。

なんだか躁鬱に似てるな、とも思うが、そこは医者じゃないのでなんとも言えない。

特に何か大きな精神的ショックを与える出来事があったわけでもないのだが、推しに萌えていたと思ったら数分後には起き上がれなくなって泣いていることもしばしば。

要するに情緒不安定なのだ。

これがまたなかなかしんどい。

休日ならまだしも、平日、つまり学校がある日にこれだと生活になかなかの支障が出る。

しかも周りに気づかれては色々と面倒なので、いつも通りに振舞わなければならない。

しんどい時ほど笑顔や人とのコミュニケーションというのは苦痛で、出来れば保健室で寝ていたいところだがそういうわけにもいかない。

鬱の度にそんなことしてたら何の為に学校へ行ってるのか分からなくなってしまう。

 

眠剤が効き過ぎるのなら、安定剤の副作用で眠ってしまいたいものだ。

メンタルや体調、薬の有無で振り回されっぱなしだと体力や気力の消耗が激しく、何か癒しが欲しい。

今のところ私にとっての癒しは斉藤壮馬さんの画像を眺めることだが、なんというかメンタルを崩してから気づいたことがあり、それは「楽しいことや趣味」と「癒されること」は別なんだな、と感じた。

私の趣味は絵を描くことなどだが、ちょっとメランコリーな時はまず起き上がる気力さえないので絵を描く以前の問題だ。

結構これでも多趣味な方なんじゃないかな、と思うが、いくら趣味が多くたってメンタルが弱ってる時に何も出来なければストレス発散にはならない。

何か無気力な時でも出来て、癒されることって無いだろうか。

 

そんな、「なんだかなぁ」な日々を送っている。

 

今回は随分と長くなってしまった。

およそ2000字。

読み疲れてはいないだろうか?

ここまで読んでくれてありがとう。

 

 

では、また次回。

謹賀新年

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皆様、明けましておめでとうございます!

2016年は皆様にとって素敵な1年になりましたでしょうか?

新たな年を迎え、私は4月から(上手くいけば)高校生になります。

昨年はメンヘラ.jpさんでライターデビューをしたり、ブログを始めてみたり、乙女ゲームや声優さんにハマったりと、本当に様々なことがありました。

ちょっとメランコリーな時もありましたが、昔から大好きな「言葉」とより深く関わることが出来た1年だったんじゃないかな、と思います。

今年もメンヘラ.jpさんやlemonの掃き溜め、その他諸々たくさんの「言葉」を通して皆様と関わっていけたらな、と思っておりますので、どうか私lemonを宜しくお願い致します!

それでは、ちょっと早いですが私の2017年書き初めブログはこのへんで。

皆様の新たな1年にたくさんの幸福が訪れますように!

 

 

では、また次回。

師走

もうすぐ2016年が幕を閉じようとしてます。

蕎麦が嫌いなので年越し蕎麦は食べないlemonです。

 

今回はブログ書き納めってことで、いつものである口調ではなくゆったりと、いつも私がTwitterとかでやってるような話し言葉で書いていきますね。

のんびりと肩の力を抜いて、お読みくださいませ。

 

さて、早いものでもうすぐ正月がやってきますね。

正月と言えば、学生にとって一大イベントのお年玉!

私の誕生日は1月なので、クリスマスに正月に誕生日と冬はガッポガポです。

まあ全部3月の96ちゃんのワンマン物販で消えるんですけどね。

 

大掃除とか皆さんはするんでしょうか。

私は掃除が嫌いだから、きっとしません。

せいぜい床に散らばった書類やらを分別するくらいかしら。

私の場合、体力なし子ちゃんだから掃除をしちゃうと疲れ果てて寝落ち年越しをキメてしまうので、ゆったりとしておきます。

紅白よりも、ガキ使!です。

こたつでみかんでも食べながら、お年玉待機です。

いくら貰えるかしら〜!(目を輝かせつつ)

こんなね、何もしなくても新年を迎えるだけで金が貰える太っ腹なイベント、そうそうないですからね。

貰えるものは貰っておきましょう。

私は美味しいものは骨の髄まで食べ尽くします。

バイトが出来ない学生にとってお年玉って本当にありがたいですよね!

こういうとき、親戚が多い家庭は羨ましいな〜って思います。

その分普段の親戚付き合いが面倒ですけど。

きっと大人になったら「いつ結婚するの?」「孫はまだ?」になるんだろうなぁ…

私はどんな好きな人と結婚しても、何があっても子供を産む気はないので、「孫はまだ?」に応えられることは多分一生ないです。

私自身、自分の命さえまともに燃やせていないのに、私+もう1人なんて背負いきれませんし、何より必ずしも健康な子が生まれてくるとは限らないわけですしね。

障害児を否定するわけではなく、これは単純に私の精神的な問題なんです。

自分の子供が、もし私と同じように発達障害を背負って生まれてきたら?

どんな障害であろうと辛いのはみんな同じですが、身体障害の方が目に見えるので周囲の理解は得られやすいんじゃないかと思います。

特に日本は発達障害精神障害についての理解がまだまだ浅いので、きっと理解されずにもがき苦しむんじゃないかと思うんです。

どんなに親である私が理解を示したところで、子供の生き辛さは変わらないんですよね。

それは今の私も同じだから分かることです。

両親は私に対して、私の障害に対して理解を示し、治療に協力的であるけれど、根本的な解決にはなっていないから私は毎日生き辛さを抱えて生きていて。

もし自分に子供が出来たとして、もし、もし私と同じように「目に見えない障害」を背負って生まれてきたら?

私は、自分の子供にこんな惨めで辛い思いをしてほしくない。

こんな汚い世界を見せたくないんです。

だから、どんなに愛を誓った人と結ばれたとしても、子供は産みたくありません。

結局のところ、子供を産むっていうのは本能云々の話は置いておいたとしても、親のエゴなんですよね。

「愛する人との、愛の結晶!」なんてよく聞きますけど、正直頭お花畑なんじゃないかと思うし反吐が出ます。気持ちが悪い。

まあだから、なんというかこれから結婚する人、子供が欲しいと思う人は、もう一度きちんとよく考え直してみてください。

もし健康じゃない、どこかに障害や病気を持った子が生まれたら?

反抗期に「なんで産んだんだよ!」ともし言われたとして、それを受け止める覚悟はありますか?

人ひとりの命を、一生を作る上での土台を育てるのが親の役目です。

軽い気持ちで、赤ちゃん可愛い!子供欲しい!なんて、産まないでください。

 

さて、なんで私は年の終わりにこんな暗い話をしてるんでしょうねw

まあ気ままにいきましょう。

元々このブログは、「lemonの掃き溜め」ですからね。

私の日常生活や妄想や思考を垂れ流す場所ですし、これからも好き勝手書かせてもらいます。

こんなブログでも、読んでくれる人がいることに感謝しつつ、今回はこのへんで。

 

皆様、良いお年をお迎え下さい!

 

 

では、また次回。

言葉と生きる

私には夢がなかった。

正確には、やりたいことがあっても実現しようと思えなかった。

努力嫌いな自分のことだ。どうせ途中で投げ出す。今までだってそうだった。

それに、もし好きなことを仕事にしたら、いつか義務感に追われて嫌いになってしまうかもしれない。

それが怖かった。

大好きなものたちを失うのが嫌だった。

だけど、ある時ふと気づいた。

まだ何もやってすらいないのに、なぜいつか嫌いになってしまうと思ったんだろう、と。

結局努力嫌いで失敗するのが怖くて怯えてるだけなんじゃないか、そう思った。

 

私は表現者だ。

上手い下手関係なく、絵、写真、言葉を使い、自分の世界を創っている。

決して自信があるわけでもないし、正直下手くそすぎて何度やめようと思ったか数えきれない。

だけど、そんなことの前に、私はこの世界が好きなのだ。

きっと何よりそれが大事なんだろう。

創作は私の人生だ。

人と上手く関われないから、喋るのが苦手だから、会話以外で人と関わりたい。

そう思ったのが私の創作の原点である。

こうして日々言葉を綴り、何かを伝えようとしている。

私は日本語が大好きだ。

難しいけれど、とても美しい。

 

私は失敗に怯えて何もせず、嫌なことから今まで目を背けてきた。

でも成長するにつれ、そういうわけにもいかなくなる。

読者様から感想などのコメントを頂き、何度も読み返して泣いた。

「救われた」そう言ってくれる人が少なからず居たのだ。

専門的な知識もないし、言葉遣いが正しい自信もない。

だけど、それでも何か伝わるものがあった。

その事実だけで充分だった。

 

私は、言葉と共に生きていきたい。

 

そう思った。

それはライターなのか、詩人なのか、はたまた作詞者なのか。

まだそのへんは定かではないが、とにかく私は言葉と共に生きたい。そう強く思うようになった。

 

私が大好きで尊敬している96猫さん、斉藤壮馬さん。

みんなみんな、夢があって、必死に追いかけて掴み、今こうして煌めきを放っている。

それがどうしようもなく眩しくて、羨ましかった。

私もそっちに行きたいと思った。

 

こういう職業で食べていくのは相当な苦労があるだろう。

それは重々承知している。

だけど、ここで諦めたら何も変わらない。

高校は通信制を受けるつもりだから、バイトをして、たくさん好きなことをして、本を読んでいきたい。

大学で専門的な知識を得たい。

とりあえず就職して、働きつつ空いた時間で勉強しながら言葉を綴るのを続けていこうと思った。

これを夢と呼んでいいのか分からないが、目標とだけ言っておこう。

 

私の拙い言葉で、誰かが救われるなら。

 

 

いつだって子供のままで居よう
貴方の感情に名前をつけてあげられるように
一生表現者として生きていこう
この苦しみを綴って誰かが救われるなら
失ったものの数だけ隙間がある
数えきれないくらいの煌めきで隙間を埋めよう
私の言葉が誰かの役に立てるなら
そこに読んでくれる人が居るなら
何度だって筆を手に取ろう
言葉と共に生きていこう

 

『 言葉と生きる 』

JCブランド

私には、文才がない。

 

私は、あらゆる記事を書き、それをインターネット上に公開してきたわけだが、それによって読者様にお褒めの言葉を頂くこともそれなりに増えてきた。

赤の他人の私を、私が見ていないところでわざわざ評価してくれるのだから、それがお世辞ではなく本心だというのは充分に分かる。

だがしかし、エゴサなどでいくつか拝見することが多々あるのだが、どこもかしこも「JC3でここまで書けるのはすごい」「中学生が書いたとは思えない」など、私がJC3だから評価されたものが多いのだ。

もちろん褒めて頂けるだけでありがたいし、光栄なことだ。

だけど、なんというか、それは私が学生じゃなかったらどこにでもあるものなんだな、と思ってしまう自分がいる。要するに自分に自信がないのだ。

私がJCだから、その存在が珍しくて注目される。それがどうしようもなく悔しい。

ブランドにあぐらかいてドヤ顔なんてしたくないし、私の年齢がいくつであろうと評価されるものを本当は書きたい。

だけど書いても書いても貰うのは「JCで〜」「中学生なのに〜」だ。

肩書き無しで私のことを評価してもらえたら、そんな風に思ってしまう。

評価して頂く側の立場だから、こんなのはただのわがままであると分かっているのだが、やっぱりどうしても悔しくて悲しくて仕方ない。

メンヘラ.jp( http://menhera.jp/ )のライター仲間である皆さんのように、人の目を惹くような、面白くて鬱でもゆるく読めるようなものは私は書けないし、たとえ3000字を越えようと何度読み返しても中身が薄っぺらく感じてしまう。

仲間も編集者も、皆さんお優しい方だから、たくさん褒めてくれるし励ましてくれるけど、私はこんなんじゃダメだと思うし、まだまだ読者様に満足して頂けるものは書けていないと思う。

今までメンヘラ.jpで公開された過去の私の記事を読み返しても、全然面白くない。

どこにでも転がってるようなものにしか思えない。

この世で唯一の、私にしか書けない!そんなものが欲しいのに。

どうしたら皆さんの望むものが書けるのか、私が満足するものが書けるのか、さっぱり分からない。

ただ字数を稼ぐだけなら誰にでも出来るのだ。

欲しいのは、たとえ規定の1500字ギリギリの短い記事でも全て伝わるもの、そして面白さ、気楽さだ。

私の頭は本当に子供か?というくらい堅い。

新たな視点で物事を捉え、豊かな発想、柔軟な思考、知識、表現力。

そういったものが私には足りない。

こういうのは何をしたら鍛えられるのだろうか?

それすら分からず、日々ネタを探し、どうにか読み手に伝えようと試行錯誤しているわけだが、どんな長文を書いたってこれっぽっちも伝わっていない気がしてならない。

私はまだまだ勉強不足だ。

これからも精進していきたい。

 

 

では、また次回。

眠りすぎ姫

2日連続で、夕飯も食べずに半日寝てしまった。

前まで3〜4時間おきに目が覚めてしまい、深夜なんて眠気がなくて朝にならなきゃ眠れなかったのに、どういうわけかここ最近は夕飯前、つまり夜6時頃から早朝まで寝てしまっている。

何度も両親が起こしにくるが、私は起きない。

それどころか、起こされた記憶など一切ない。

そのせいで薬も飲めず、朝起きて慌てて飲んでいる。

なんなんだろう。

ちょっと極端過ぎやしないか。

もっと普通に、ちょうど良い感じで眠れないのかい、私の身体は。

しかもこれだけ寝たというのに、夕方になるとまた眠くなって寝てしまう始末だ。

全く、いつから私は眠り姫になったというのだ。

昨日も今日も休日だったから良いものの、平日までこれじゃ困る。

過眠と、頭痛やらなんやらのその他体調不良。

本当に助けてほしい。

コロコロ生活サイクルが変わるから、あまりにも慌ただしくて身体が追いつかない。

一体なにをどうしたらこうなってしまったのだろう。

せめて夕飯と風呂と身支度を済ませてから眠りたいものだ。

また明日から平日が始まる。

休日ならのんびり起きて風呂にでも入るが、平日ならばそうはいかない。

もし昨日今日みたいに身支度を一切せず寝てしまったら、朝起きて飯を食うどころか風呂に入る時間なんてあるわけないし、着替えて鞄に教科書を詰め込んで家を飛び出すしかない。

下手したら遅刻だ。

 

それ、嫌過ぎる。

 

なんというか、人として最低限の生活すら出来ていない気がする。

気がするというか実際そうなのだが。

それだけは避けたい。

なんとしてでも今日は飯を食って風呂に入りたい。

睡魔に負けないと良いのだが…。

もはや自分で自分の身体を操れなくなってきているから、不安でしかない。

ネジがいくつか飛んでてもおかしくないだろう。

まあ事実、ADHD持ちであるからネジは数本足りないのだが。

 

どうにか普通の生活を送るためにも、お医者様には全力で効く薬を処方してもらいたいところだ。

未成年だからとコンサータを処方してもらえないのはいささか辛いものがある。

ストラテラ、なんの効き目もねえじゃねえか。

ツムラも効かない。

薬がないと人並みの生活が出来ないのなら、早く薬をぶち込んでどうにかしてもらいたい。

これ、発想が完全にヤク中みたいなところがあるが、まあ仕方ない。

これがないと普通になれないのだから。

普通じゃなくても私は良いと思うが、社会は普通を求めるし、なんなら普通以上を求める。

会社へ入社するときなんて、良い例じゃないか。

あいつら、処女の床上手を求めてきやがる。

控えめに言って馬鹿なんじゃないだろうか。

こんなことを平気で言ってくる社会に、「発達障害は天才も多い」なんてことを平気で抜かしてくる社会に、何ひとつ他人より秀でてない無能な私が求められるわけがない。

だからせめて、人並みになろうと努力するのだ。

中にはその努力を平気で踏みにじってくる輩もいるが。

もっと普通以下でも生きやすい社会にならないものだろうか。

精神障害者手帳でも取れたらいいのだが、まあADHD程度じゃ取れない気がする。

障害者でありながら、健常者と障害者の間くらいに位置する人間は本当に生きづらい。

挙げ句の果てには「鬱?発達障害?そんなの甘えだろ」なんて言う奴もいる。

理解がなさ過ぎなんじゃないか、この国。

 

先日の成宮寛貴さんの件でも、本当にやってないなら最後まで戦え云々言う人間が大勢いた。

これ、いじめられても不登校にならず立ち向かえって言って自殺に追い込むのと同じなのではないだろうか。

本当に呆れてしまう。

結局この国での正義は、いつだって″いじめる側″なのだ。

正義は犠牲から成り立つ。

だから私のような、人と違う「異端者」を皆嫌い、だけど表立ってやる勇気もなく、影でコソコソと悪口を叩く。

そして、「正義のヒーロー」とやらが、堂々といじめ出す。

それに皆賛同し、「あいつがやってるから」「みんなやってるから」と自分たちもだんだんと表立っていじめ始める。

だからこそ、見て見ぬ振りも同罪なのだ。

教師に助けを求めたって、誰かが教師に告げ口をしたって、いじめアンケートとかいう訳のわからないことを行い、みんなの前に立っていじめは良くない〜とかなんとか、お説教(笑)を言うだけだ。

こうすれば形式上、″いじめ対策″を行なったことになるから、もし何か問題が起こっても言い訳が出来る。

いじめアンケートを行うのは、きっといじめ対策をしたという物的証拠になるからだろう。

あんなの、嘘しか書かない人が大勢だからなんの意味もない。

こんなんだから、教師に助けを求めるとさらにいじめは悪化するのだ。

よくも教師に言いつけたな、と。

そういう、中途半端にヒーローぶって助けようとする姿勢もいじめられる側からすればムカつく。

やるなら教育委員会とかもっと権力のあるでかいところにやってほしい。

絶対的な何かがそこにないと、いつまでも終わらないのだ。

教師も、「いじられキャラ」と「いじめられっ子」の違いくらいいい加減見分けられるようにならないのだろうか。

そのせいで私は8年半やられてきたというのに。

何も変わっちゃいなかった。

 

だから私は学校という場所が、大嫌いだ。